シリーズ連載天ぷら研鑽会

2021.12.16

マルホン天ぷら研鑽会 第2回「かき揚げ」


マルホン天ぷら研鑽会は、日本が世界に誇る「天ぷら」を通して職人同士が技術交流、情報交換をする場。第2回のテーマは、3人の揚げ手それぞれの「かき揚げ」です。

揚げ手:前平智一(てんぷら前平) 深町一真(てんぷら深町) 新井 均(神楽坂 御座敷天婦羅 天孝)

季節を感じる素材や、江戸前の種。衣へのアプローチが味わい、食感の要。

深町「マルホン天ぷら研鑽会」の第2回は、『かき揚げ』がテーマです。前平さん(てんぷら前平)、新井さん(神楽坂 御座敷天婦羅 天孝)、そして私、深町(てんぷら深町)の3名が揚げ手を務め、出席者のみなさんと技術交流をしたいと思います。
前平第1回の『海老』は僕自身とても勉強になり、海老という素材ひとつとっても、そして衣や揚げ油まで、揚げ手によってさまざまなアプローチがあり、刺激を受けました。今日もよろしくお願いします。
新井私は今回はじめて揚げ手として参加します。天ぷら業界として、このような職人との交流会は初の経験なので、とても意義深いと思っています。
深町では早速、私から。揚げ油は太白胡麻油100%です。これは父(深町正男)が店をはじめた時に、それまで勤めていた「山の上ホテル」では太白胡麻油と太香胡麻油 淡(うす)をブレンドしていましたが、街場になると女性のお客様も多くなるので、なるべく香りが立たないように配慮して、太白胡麻油のみにしたと聞いています。
新井うちも親父(新井孝一)が初代店主で、僕は二代目。父が修業した「天政」はごま油一本でしたが、神楽坂で開業したため花柳界からの利用が多く、着物ににおいがつかないようにと、綿実油と太香胡麻油 淡のブレンドに変えたと教えられました。ごま油をなくさなかったのは、やはり「江戸前天ぷら」にはごま油の香りが欠かせないから。上手にバランスをとったのがこの割だったそうです。

季節の香りをかき揚げで楽しんでもらう[深町]

深町今日は以前昼に提供していたかき揚天丼を一日限りで復活させます。もともとは季節の食材の端などをうまく取り合わせてかき揚げにしていましたが、人気になって出数が増え、コースのお客様と両立するのが厳しくなり、コースをきちんとおだししようという方針で2年前に提供をやめました。いまだに当時からの常連のお客様には、コースの締めにリクエストをいただきます。
新井もともと「かき揚げ」は、“かき集めて揚げる”のが語源らしいです。だから深町さんのかき揚げは、まさに正統派。素材の数が多く豪華、でも端をうまく活用している。
深町今回は春の素材で百合根、そら豆、ふきのとう、ゆがいたたけのこ、そして帆立、海老。上にはアスパラガスの天ぷらを一本のせます。百合根は小さい鱗片、たけのこは硬い部分、開いてしまったふきのとうなどをかき揚げに使います。ちなみに、夏はゴーヤ、みょうが、オクラなど。秋は舞茸、むかご、栗など。とくに香りを感じてもらえるものを選んでいました。
前平衣は他の天ぷらに比べてどうですか?
深町厚め(濃度が濃い)にして、素材には薄くまとわりつけるイメージです。穴あき杓子を使い、衣を適度に落として油に入れます。衣は素材すべてにまんべんなくついていますが、余計な衣はない感じ。内側の衣までしっかりと火を入れたいので、途中で裏返したら、揚げ箸で中心を1、2ヵ所さしてそこから油を通し、芯のほうからも熱をまわします。
深町さんのかき揚げの断面は、すべての素材にまんべんなく衣がまとわりついた状態。内側の衣にもしっかり熱が入っている。
新井丼つゆは、かけますか?くぐらせますか?
深町たれかけ(丼つゆをかける道具)で1杯分ほど(約20ml)かけます。以前は揚げたかき揚げを丼つゆにくぐらせていましたが、とくに夏季の衛生面などからかけるようにしました。丼つゆの味は醤油がきりっとして、鰹だしですっきりしています。
前平丼つゆだけで味見すると、本当にすっきりしてますね。
深町つぎ足しで残り1リットルくらいになるとまた新しいつゆを足しますが、毎日少しずつ煮詰まって味が濃くなるので、つくりたてはあまり濃くせず、むしろ鰹だしでさっぱりするようにしています。
前平ごはんはどうしてますか?
深町魚沼産コシヒカリですが、水を若干少なめにして、ガス釜で炊くので、いわゆる米粒が立ったごはんになります。天丼に使うのを想定しているので、白いごはんとしては、お客様によっては少し硬めに感じるかもしれません。
新井丼つゆは醤油勝ちで鰹だしがきいて、江戸前の味。太白胡麻油だけで揚げる衣は上品で、素材の香りが次から次へとあふれでてくるよう。江戸前のかき揚げのまさに新しい形で、とてもおいしいですよ。

衣が素材をかろうじてひとつにまとめる[前平]

前平次は僕ですが、実はあまりふつうのかき揚げをしていなくて。かき揚げの冷やし天茶をつくります。夏の献立ですが、実はリピーターの方から年中よく注文をいただくので、通年の締めの定番となりつつあります。
深町たとえ冬でもお店の中は温かいですからね。天ぷらを食べれば体が温まるし、締めに冷たい天茶というのは人気があるのがよくわかりますよ。
前平素材は小柱と新蓮根。新蓮根は水分が多く、味よりも食感のために欠かせません。小柱は弾力があり、噛むほどにまるでおだしのようにうまみがあふれでてきます。その咀嚼に新蓮根のシャキとした歯触りを合わせています。
新井衣が白くてとても繊細そう。
前平そもそも僕は天ぷらは素材を立たせる調理法と考えています。衣は必要ですが、主張はさせたくない。だから素材を際立たせるために衣は白くしたいので、黄身の色が淡い卵を使います。また、とくにかき揚げの場合は、素材同士がようやくくっつく程度の、ほぼ液状のシャバシャバした衣をつくります。素材に生粉をまぶし、そこに衣を加えてほとんど混ぜず、すぐに揚げます。たとえ30秒でもおいてしまうと、素材にまぶした生粉がすべり落ちて衣に混ざり、それが揚げている間に下にたまってしまうんです。
前平さんのかき揚げは、ほろりとほぐれそうな状態。生粉をまぶした素材と薄い衣を合わせ、生粉が素材からすべり落ちないうちに即揚げる。
新井うちのかき揚げは、まさに前平さんとは正反対で、あえて穴のない杓子で衣も多めに入れて揚げます。おもしろいね、いろいろな考え方があるんですね。
前平本当にそうですよね。だから天ぷらって、職人にとっても、食べ手のお客様にとってもおもしろいのだと思います。
新井冷やし天茶のおだしはどのように?
前平昆布と血合い抜きの本枯鰹のだしを吸地より少し濃いめに塩、淡口醤油で調え、たっぷりのあさつきで召しあがっていただきます。おだしは雑味がなく澄んだ味わいで、あさつきの香味でさっぱりと。一度にかき揚げを全部入れると、おだしがぬるくなってしまうので、少しずつ入れて召しあがってくださいとお伝えします。

ごま油で揚げる衣が江戸前の醍醐味[新井]

深町次は、前平さんのかき揚げとは対極とおっしゃった天孝さんですね。いわゆる江戸前ですか?
新井さんのかき揚げは「衣もおいしさのうち」。下部は衣が固まり、そこに丼つゆが染み込んで味わいを増す。
新井そうですね。いろいろとやりたいこともありますが、二代目として親父から受け継いだ流儀を守っています。素材は江戸前天ぷらには欠かせない小柱、芝海老、そして香りと彩りのための三つ葉。芝海老は今はほとんどが九州産ですが、そもそも江戸前の種なので外したくない。うちの衣は卵は卵黄のみで、どちらかというと、ふわりと揚がり、衣もしっかりつけています。なぜなら、衣にしっかりと丼つゆが染み込んで、油と醤油や鰹だしが合わさった味わいこそが、江戸前天ぷらだと教えられたから。かき揚げを揚げる温度も高めの190℃で、しっかり強めに香ばしく揚げます。
前平本当、うちとは対照的。確かに衣のおいしさが伝わりますね。
新井あとね、天丼にはふたが欠かせない。短時間でもふたをして蒸らすことによって、水蒸気が立ちのぼって米と米が離れて、そこに丼つゆが染みわたる。
深町いいですね、衣をつたわって、油とともに丼つゆがごはんにたれていく感じ、イメージできます。
前平今回も学ぶことが多いですね。他の参加者のみなさんのかき揚げもこの後おしえてもらいながら、意見交換しましょう。
新井次回はうちの若いスタッフももっと連れてきて、いい勉強の場にしてほしいと思います。

【検証1】深町一真の「特製かき揚天丼」

季節ごとの複数の素材の香りが鼻孔を抜ける

素材/百合根、そら豆、ふきのとう、ゆがいたたけのこ、帆立貝柱、海老、アスパラガス
衣/基本の衣[常温の薄力粉(バイオレット)、全卵3個に対して水2lの卵水]を濃いめにつくる
油/太白胡麻油
丼つゆ/醤油2、みりん3、酒3、砂糖2、鰹だし2の割合で、追い鰹をして煮詰める。つぎ足して使用
ごはん/魚沼産コシヒカリをガス釜炊き。白飯としても提供
提供/ごはんの上にかき揚げをのせ、丼つゆをかける。かつて昼に提供していたもの(現在はなし)

【検証2】前平智一の「冷やし天茶」

はらはらとほぐれる薄い衣で素材をまとめる

素材/小柱、新蓮根
衣/基本の衣[薄力粉(バイオレット)、全卵2個に対して水1.8lの卵水]をかなりゆるめにつくり、卵水に粉を加えた直後に使う
油/太白胡麻油3に対し、太香胡麻油 淡1
ごはん/山形県東置賜郡高畠町の真鴨農法、完全無農薬有機米のつや姫をガス釜で硬めに炊飯。白飯としても提供。冷やし天茶には水で洗って使用
提供/夏季のコースの締め。水で洗ったごはんに、冷やしただし(血合い抜き本枯節のだし、塩、淡口醤油)を張り、あさつきの小口切りをちらす。かき揚げ、すだちを別皿で提供

【検証3】新井均の「かき揚げの天丼」

衣と江戸前の丼つゆが織りなす味の融合

素材/小柱、芝海老、三つ葉
衣/卵黄1個、水(酸性水)200ml、冷やした薄力粉(バイオレット)
油/綿実油8に対し、太香胡麻油 淡2
丼つゆ/かえし(醤油、みりん、酒、砂糖、蜜を合わせて3週間ほどおく)2に対し、鰹だし1の割合で濃いめにつくる。つぎ足して使用。営業中は湯煎で保温
ごはん/魚沼産コシヒカリに、1割の餅米を配合してガス釜炊き。白飯としても提供
提供/かき揚げを丼つゆにくぐらせ、ごはんの上にのせてふたをして供する。昼夜のおまかせコースの締め(天丼、天ばら、天茶から選択)

参加者:海老の浦井 (浦井義之)、神楽坂御座敷天婦羅天孝(新井孝一、矢部洋夫、清水春希)、天麩羅おばた(尾畑秀雄)、てんぷら奇天屋(高木正弘)、天ぷら車(車﨑智也)、天ぷら新宿つな八浦和店(浅沼宗伸)、てんぷら深町(深町純央)、天ぷらもっこす(山口浩)、天ぷら元吉(元吉和仁、前村政紀)  ※店名五十音順、敬称略

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てんぷら深町

所在地:東京都中央区京橋2-5-2 A・M京橋ビル1F
電話:03-5250-8777

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てんぷら前平

所在地:東京都港区麻布十番2-8-16 ISIビル4F
電話:03-6435-1996

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神楽坂 御座敷天婦羅 天孝

所在地:東京都新宿区神楽坂3-1
電話:03-3269-1414

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天ぷらの未来のために、互いの技術を交流したい、テクニックの裏づけを得たい、素材を究めたいといった天ぷら職人の想いをかなえ、天ぷら業界のネットワークを広げるべく、「マルホン天ぷら研鑽会」が有志で発足しました。ご興味をお持ちの方はどうぞご参加ください。第3回の告知は竹本油脂のウェブサイトなどで発信予定です! 次世代に日本が誇る食文化「天ぷら」を伝えるために、本誌「ごま油の四季」も全力で協力いたします。

(2020年春の号掲載)
 ※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。