シリーズ連載天ぷら研鑽会

2023.08.21

マルホン天ぷら研鑽会 第1回「海老」


マルホン天ぷら研鑽会は、日本が世界に誇る「天ぷら」を通して、技術交流、情報交換をする場。第1回のテーマは「海老」。天種の代表であり、その表現の手法は揚げ手の四者四様です。

揚げ手:前平智一(てんぷら前平)深町一真(てんぷら深町)山口 浩(天ぷら もっこす)車﨑智也(天ぷら 車)

甘さ、香り、柔らかさ、弾力…引きだしたい海老のおいしさは何か。

深町前号の企画「天ぷらのネオな未来」が業界内外で好評をいただき、「マルホン天ぷら研鑽会」という勉強会をスタートすることになりました。第1回目のテーマは海老。揚げ手が4人で、前平さん(てんぷら前平)、山口さん(天ぷら もっこす)、車﨑さん(天ぷら 車)、そして私、深町です(てんぷら深町)。私たちは日頃は別の海老を仕入れていますが、今日はあえて同じ海老を揚げます。下ごしらえから、衣、油と揚げ方まで、どう違うかを試食しながら比較したいと思います。
前平今日は深町さんの揚げ場をお借りしての研鑽会ですが、そもそも他店の厨房に入ることもないので、貴重な体験です。照明ひとつ違うだけで、食材の色も油も違って見えますから。
山口火元の高さや鍋の置き方も気になります。鍋を傾けて揚げる人もいますし、細かい部分に職人のこだわりがでますよね。
天ぷら店でよく使う1尾20gサイズの海老を使用し、揚げ手それぞれの海老の天ぷらを検証。豊洲市場の仲買「海老の浦井」の浦井さんによると、「養殖の海老が年間を通して供給量、品質、価格のバランスがとれるとは限らないが、その状況をこれまで補っていた中国からの活車海老の輸入が見込めない今(自国内での消費量急増による)、海老の市場は安定しているとはいいがたい」という。通年の天種として欠かせないだけに、揚げ手は求める海老の入手のみならず、いかなる場合も自らが表現したい海老の天ぷらに近づける技術が必要だ。

伝統を受け継ぐ仕事で甘さを引きだす [深町]

深町用意した海老は、鹿児島・屋久島産の活車海老です。1尾約20g。通常、当店ではもう少し大きくて32、33gのものを使っていますが、平均すると20gくらいのサイズを使う店が多いと思います。下ごしらえは、頭と腹部の殻を取ってから、尾節(尾の最先端部にある硬い部分)を取り、尾扇(尾ビレ)を斜めに切り落とします。
山口殻のむき方も、手つきやスピードが人によって違いますね。
深町僕はまっすぐに揚げたいので、腹側5ヵ所に包丁で浅く切り目を入れます。これで食べやすくもなりますし、火通りがよくなるので、この準備はきちんとします。
車﨑揚げる直前に尾節のつけ根をのしますか?のして、粉と衣をつけて揚げるまでを、一気にやる人もいますよね。
山口僕はそのタイプですね。
深町そういう人も多いですよね。僕は提供までを考えると、複数の人数分を短い時間で油に入れていきたくて。そうすると同じタイミングで揚がりますし。だから揚げる前に下準備としてのす工程までやってしまいます。揚げる時は、腹側にだけ粉をつけて、衣を全体につけ、腹を下にして油に入れます。粉を背につけないのは、赤い色を美しく見せたいからです。
僕の場合は父から天ぷらを教わっているので、基本的にはそれを受け継いでいます。衣もそうです。全卵3個に常温の水2lで卵水をつくり、粉も常温です。水はむしろ冷やしすぎない。揚げ油は太白胡麻油で、中まで火が入るか入らないかのうちに引きあげます。時間は測ってみると40秒くらいです。海老の甘さを感じてもらえるように、余熱も考えて、中はレアギリギリの火入れを意識しています。
脚の素揚げをする前を比較。前平さんと深町さんは腹部からはずしたあと、前脚は残したまま味噌を取りのぞく(写真右)。山口さんは味噌を残して揚げる(写真中央)。車﨑さんはエラをハサミで切り取り、味噌も身もはずす(写真左)。エラ部がないので口当たりがシャリッと砕けるように繊細になる。

海老はできるだけ触らない、包丁も入れない [前平]

前平僕は海老の天ぷらのおいしさは、甘さと食感だと思います。なのでなるべく海老の身は触らず、殻を取ったら尾節から身をはずすようにのして、下ごしらえはおしまいです。触れば触るほどおいしくなくなっていくと思っています。切り目を入れないのは、そのほうが弾力のある身を感じてもらえるからです。揚げると少し曲がりますが、よく噛むと甘さがわかるので、あえてそうしています。
深町1ヵ所はのすんですね。
前平本当はそれもしたくないんですけど、中華料理のようにくるんと丸まってしまうと、天ぷらとしては食べにくいので。
深町今日、卵を持参していますよね。その理由は?
前平黄身の色が淡いものを使っているんです。全卵2個に水1.8lですが、卵水にはほとんど色がつきません。素材の色をきれいにだしたい、つまり白い衣にしたいんです。卵水には粉を入れて、泡立て器で軽く混ぜますが、そのままだと泡立っているので、3分くらいおいて落ち着かせてから使います。
車﨑深町さんともまた全然違いますね。
前平粉、衣を全体につけて、鍋に入れる時は腹からそっと。油の中でふわっと弾けてほしいので、投げ入れません。油は太白胡麻油3に対して、太香胡麻油 淡1の割合です。太香胡麻油 淡を入れると香りがよくなるし、うまみも足されます。
深町僕の揚げ油は太白胡麻油100%なので、太香胡麻油 淡が少し入ると、香りが変わるのがよくわかります。香ばしいです。
山口食感も味わいも、深町さんとは同じ海老じゃないみたい。弾力があって、ぷりっとしてますね。
車﨑香りも強く感じます。
前平何を求めて揚げるかですよね。海老のおいしさのどこを食べてもらいたいか。深町さんのように、食べるとふわっと口に広がるのもおいしいですし。
山口コースで海老をだす順はどうしてますか? 海老は最初に提供する店が多いですよね。
前平お客様にもなぜ海老が最初なのか聞かれることがありますけど、理由はありません、と答えてます(笑)。僕はその日一番食べてもらいたいもの、味の繊細なものからおだしします。なるべくきれいな油で揚げたいので、春なら白魚とか、野菜を揚げてから、3、4番目に海老。海老は味が強いので、あえて最初にはだしません。

揚げ時間を変えて2種類の天ぷらを [山口]

深町続いて山口さん、海老のおいしさをどう捉えていますか?
山口僕も前平さんと同じですね。海老のおいしさは甘みと食感だと思っているので、レアに揚げたものと、しっかり揚げたものの2種類をだして、お客様に味と食感の比較を楽しんでもらいます。レアのほうは、本当にスーパーレア(笑)。太白胡麻油100%の揚げ油に15〜20秒で引きあげます。反対にしっかり揚げるほうは1分以上揚げます。
深町スーパーレアはとろりとしていて、お刺身の感覚。
前平しっかり揚げたほうは、太白胡麻油ならではの繊細な風味が生きた、上品な香ばしさがでますね。尾扇までおいしいし。
山口脚は、味噌つきのまま、粉のみつけて揚げます。揚げ油がよごれやすいのは難点ですけどね。
深町味噌、おいしいです。こういうアイデアは取り入れてみたい。

冷やす?水分を飛ばす?粉の扱いは大きな注目点

深町山口さんは粉はスーパーバイオレットを使っていますが、バイオレットとどう違いますか?
山口ダマになりにくくてよいですよ。粒子も細かいように思います。僕は粉は冷凍庫に入れて、水分のないサラサラのパウダー状にしています。これをふるいながら卵水に入れると、空気を含んで溶けやすく、泡立て器で軽く混ぜるだけでなめらかな衣になります。
深町冷やすためでなく、水分を飛ばすための冷凍庫なんですね。
山口僕のイメージではそうです。冷蔵庫だと粉が水分を吸って重たくなるので。冷凍庫にもあえて容器のフタをせずに入れてます。
前平粉を冷やす理由のひとつは、衣に粘りをださないため。僕の場合、衣がすごく薄くて、素材の色が透けるくらいなので、そもそも粘りはでにくい衣です。だから冷やさなきゃという意識がなかったですね。ただ、季節に関係なく一定の温度を保つため、粉も卵も水も冷蔵庫に入れてます。
深町冷やせばよいというものではないんですよね。みなさんあくまで自分の衣と揚げ方によってスタンスを決めているわけで。

気泡入りのクリーミーな衣で軽く揚げる [車﨑]

車﨑僕は温度管理にはすごく気をつかっています。粉はマイナス25℃の冷凍庫で冷やし、冷やした卵と氷水で卵水をつくります。泡立て器でかき立てるように気泡をつくり、クリーミーな衣にします。
前平濃度のある衣だから、粘りがでやすいので冷やしているということですよね。
車﨑そうです。軽く揚げたいためです。この衣は、衣と油の温度差があるほうが、揚げた時に衣が立ってきれいに揚がります。
深町素材に粉を打たずに揚げてますよね? めずらしい。
車﨑カウンターのお客様におだしする場合は、粉を打たずに衣だけで揚げていきます。すぐ食べてもらえるので問題ありません。
山口油はブレンドですか?
車﨑太白胡麻油2に対し、コーン油1の割合で合わせ、衣に適度に色づけするために前日の油の上澄みを少し加えます。
前平いま車﨑さんの油で揚げさせてもらいましたが、コーン油とブレンドしているからか、衣の揚がる感じが柔らかいですね。はじめての体験です。
車﨑提供順は山口さんと同じで2種類ですが、脚の素揚げの後、しっかり揚げたもの、レアに揚げたものの順におだしして味わいの変化を感じてもらいます。
深町いや、4人で揚げ比べると、こんなにも違いがあるとは。
前平本当に。目の前でそれぞれの揚げ方を見ることができて、とても勉強になりました。
山口素材の温度管理、ひいては衣の温度、そこにイメージする自分の天ぷらの理想像。奥が深いですからね、引き続き研究していきたいです。
前平次回は冬のシーズンだから、素材は何を選びますかね。
深町今回の海老も本当に4人ともアプローチが違って。僕ら揚げ手以外に今回参加してくださった方たちも、またそれぞれに違うはずですよね。ということは、いま僕らが揚げている手法も、まだまだ勉強し、技術を交流すれば、それぞれ進化していく可能性があるということです。
車﨑これまで同業の職人同士で語り合う経験がほとんどなかったので、刺激を受けました。
深町今後はもっと若い世代にも参加してもらいたいですね。

【検証1】深町一真の「海老の天ぷら」

ふわりと柔らかく 、香り立つように揚げる

下処理/殻は提供直前にむく。腹側に切り目を5本入れ、尾節のつけ根をのす
/常温の薄力粉(バイオレット)を使用、卵水は全卵3個に対して水2l。材料はすべて常温
粉の打ち方/腹側にのみ
揚げ油/太白胡麻油
揚げ鍋/直径39cm、アルミ製
提供の仕方/脚の素揚げを提供した後、コースの1品目に2本提供。
/味噌を取り、粉を打つ
※店では九州産の養殖30〜32gを使用

【検証2】前平智一の「海老の天ぷら」

極薄の衣をまとわせ、 甘みと食感を際立たせる

下処理/殻は直前にむく。包丁は入れず、尾節のつけ根をのす
/薄力粉(バイオレット)、水、卵ともに冷蔵庫(2℃)で冷やす。卵水は全卵2個に水1.8l
粉の打ち方/全体に打つ
揚げ油/太白胡麻油3に対し、太香胡麻油 淡1
揚げ鍋/直径30cmほか客数により選択。アルミ製
提供の仕方/コースの3、4品目に脚、海老2本の順に提供
/味噌を取り、粉を打つ
※店では主に鹿児島県産の養殖27g前後を使用

【検証3】山口浩の「海老の天ぷら」

海老のおいしさを余すところなく伝える

はじめに極レアを供し、次にしっかりと揚げたものを提供。

下処理/生け簀に入れ、提供直前に殻をむく。腹側に4本切り目を入れ、2ヵ所をのす
/−20℃に冷やした薄力粉(スーパーバイオレット)、冷蔵庫に入れた卵と天然水を使用。卵水は全卵2個に対して水1l
粉の打ち方/全体に打つ
揚げ油/太白胡麻油
揚げ鍋/直径39cm、アルミ鋳物製
提供の仕方/コースの1品目に、1本目をレアで提供。2本目はしっかり揚げ、脚の素揚げと供する
/味噌をつけたまま、粉を打つ
※店では主に鹿児島、熊本県産の養殖20〜25gを使用

揚げ油は太白胡麻油100%。「さわやかに揚がる」という。

【検証4】車﨑智也の「海老の天ぷら」

温度管理を徹底した、独自の気泡を含ませた衣

しっかりと揚げて1本目を提供、続いてレアを供する。

下処理/生け簀に入れ、提供直前に殻をむく。腹側に3本切り目を入れ、3ヵ所をのす
/−25℃に冷やした薄力粉(バイオレット)、卵、氷水を使用。卵水は全卵1個に対し、水400ml
粉の打ち方/テーブル席に提供する場合を除き、粉は基本的に打たない
揚げ油/太白胡麻油2に対し、コーン油1、前日に使った油の上澄みを少量
揚げ鍋/直径39cm、銅製
提供の仕方/コースの1品目に、脚、1本目にしっかり揚げたもの、2本目にレアを提供
/エラもハサミで切り取る。粉は打たない
※店では主に鹿児島県産の養殖20〜25gを使用

2019年8月4日、てんぷら深町にて、マルホン天ぷら研鑽会第1回が終了。

参加者:海老の浦井 (浦井義之)、天ぷら逢坂(大坂彰宏)、天ぷら新宿つな八浦和店(浅沼宗伸)、天ぷら新宿つな八町田店(佐藤一祐)、てんぷら深町(深町正男、深町純央、谷田貝友広)、てんぷら山の上Ginza(吉村晃行)、てんぷら山の上Roppongi(神山知徹)、日本橋蕎の字(鈴木利幸)※店名五十音順、敬称略

SPOT

てんぷら深町

所在地:東京都中央区京橋2-5-2 A・M京橋ビル1F
電話:03-5250-8777

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てんぷら前平

所在地:東京都港区麻布十番2-8-16 ISIビル4F
電話:03-6435-1996

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天ぷら もっこす

所在地:群馬県高崎市中大類町426-7
電話:027-395-8807

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天ぷら 車

所在地:群馬県館林市野辺町703-2
電話:0276-51-5135

マルホン天ぷら研鑽会にご参加ください

天ぷらの未来のために、互いの技術を交流したい、テクニックの裏づけを得たい、素材を究めたいといった天ぷら職人の想いをかなえ、天ぷら業界のネットワークを広げるべく、「マルホン天ぷら研鑽会」が有志で発足しました。ご興味をお持ちの方はどうぞご参加ください。最新情報は竹本油脂のウェブサイトなどで発信予定です!次世代に日本が誇る食文化「天ぷら」を伝えるために、本誌「ごま油の四季」も全力で協力いたします。

(2019年秋の号掲載)
 ※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。