シリーズ連載天ぷら研鑽会

2023.01.19

マルホン天ぷら研鑽会 第3回「穴子」


天ぷら職人が集い、技術や情報を交換するマルホン天ぷら研鑽会。第1回「海老」(2019年秋号)、第2回「かき揚げ」(2020年春号)に続き、今回のテーマは「穴子」。3人の揚げ手の素材扱いから衣、油、揚げ方までを通して、穴子の天ぷらについて学びました。

揚げ手:前平智一(てんぷら前平) 岩井義郎(天冨良いわ井)西村晋作(江戸前晋作)

穴子の天ぷらの焦点は食感。揚げ時間は3分、5分、8分とそれぞれ。

編集部2019年夏からスタートしたマルホン天ぷら研鑽会ですが、コロナ禍を経てようやく再開の運びとなりました。今回の揚げ手は前回、前々回もご登場いただいた前平さん(てんぷら前平)、はじめてご参加いただく岩井さん(天冨良いわ井)、そして30代後半の若手から西村さん(江戸前晋作)の3人。ほか6名の方たちにご参加いただきました。では岩井さんからお願いします。
岩井穴子はいわずもがな江戸前は水揚げがなく、あったとしても現状果たしてその品質はどうかと疑問もあるので、この10年くらい韓国産を使っています。現地の業者さんの努力もあり品質も向上しています。ただ韓国産の穴子は皮が硬めなのが特徴で、冷めるととくに硬くなります。
編集部前平さんと西村さんは対馬産。他の方たちも対馬か韓国産が多いようですね。
近藤当店も日によって、韓国か対馬産を仕入れています。
山口私は他の産地を探し、最近は宮城県の松島や気仙沼から入れてます。80g以上ならば脂もしっかりあるのでいいですよ。

太白胡麻油のパワーとうまみがあるからこそ[岩井]

新井岩井さんは太白胡麻油で揚げますよね。めざすのは、軽くて繊細な天ぷらですか?
岩井そうですね。お客様の天ぷらに対するほめ言葉って「軽くてたくさん食べられる」ですから、軽さは大事な要素だと思っています。とくに穴子の場合はコースの最後におだしするので、重くなく、かつ脂の多い穴子らしさもだすようにしています。
新井いま岩井さんは穴子を3分ほどで揚げましたが、一般的によく揚げるといわれる穴子のイメージからすると短い。でも、きちんと揚がっていて、穴子の風味もしっかり。
岩井私が油に求めるのはパワーとうまみ。太白胡麻油にはグッと温度を上げる力があり、その油を100%で使っているので、この揚げ方で決まるんだと思います。みなさんそうでしょうが、素材、衣、油、揚げ方はすべてつながっていて、そのコントールの仕方も十人十色ですよね。

ふっくらやわらかな身質と繊細な風味[前平]

前平続けて、私は冬の脂がのった穴子の時季にだけおだしする穴子天ごはんをつくります。私が穴子の天ぷらで大切にしているのは、ふっくらとした身質を味わっていただくことです。昔の江戸前の穴子は小さくて脂がないのを香ばしく揚げておいしかった。それはその味わいであり、僕が求めるのは、くさみはまったくなく、白身の繊細な風味がするふわっとした穴子です。仕入れるのは対馬産で100g。天ぷらにしては大きめなので、揚げてから半分に切り、お客様にはよりふっくらとする頭側だけを提供します。
浅沼(宗)それは贅沢ですね。ちなみに冬以外の時季は?
前平通常の天ぷらで提供しますが、提供するのはやはりふんわり揚がる頭側だけです。裂くのは営業の2時間前の15時。理想的には裂いたあとすぐ、穴子が死後硬直する前の柔らかな身を揚げたい。
車﨑油から取りだしたときの温度は197℃でした。やっぱり最後は高温ですね。でも、焙煎系の太香胡麻油 淡(うす)が入ると、温度に負けないというか、焦げて劣化する感じがしないですね。前平さんが理想とする、ふんわりした穴子のやさしさを邪魔しません。
前平とくに穴子は後半に揚げるので、その時点でごま油の香りはある程度揮発していますから、うまみをのせてくれる要素ですね。

揚げる概念ではなく油のパワーを借りる[西村]

編集部では最後、西村さんにお願いしましょう。最近若い世代で開業する方が増えていますが、なかでも注目の存在です。
西村揚げ油は太香胡麻油 淡と綿実油を半々。低温で揚げるので、綿実油にそのパワーを求めていますが、綿実油は持久力がないので、ごま油で力をつけています。揚げの温度がめちゃ低くて、「煮る」感覚ですかね。揚げる音がでちゃうような180℃はもう高いです。
浅沼(努)穴子を入れても、まったく音がしないですね。
編集部穴子を入れたときの温度は130℃でした。
車﨑揚げ終わりは180℃とか高温まで上げると思っていましたが、ずっとこのままなんですね。
西村低いままですね。最後はちょっと音がプシュプシュとしてきて、竹箸で触れると触覚でわかる。これが適度に水分が飛んだ状態で、加熱によって穴子の身質が溶けたタイミングです。寿司の煮穴子もそうじゃないですか。僕の穴子天ぷらは、煮穴子みたいでとろけるねとよくいわれます。揚がったら金箸で半分に割り、シモ(尾側)はそのままで、皮の表面積が大きいカミ(頭側)はカリッと地焼きっぽくなっているので、醤油がきいた丼つゆをぬって提供します。
新井これが天ぷらの穴子といえるのかどうか!?
西村自分、天ぷらの修業をしていないんで。油の性質を借りて火入れしている感覚で、天ぷらをやってるって感覚じゃないんですよね。いわば焼きの技法なんですが、天ぷら、つまり衣でおおって油のパワーを利用できないと成り立たない。そんなイメージです。
編集部こうして3人の穴子の天ぷらを食べ比べてみると、身や皮の食感がそれぞれちがいます。どれももちろんやさしく柔らかという範囲のなかで、あえて特徴づけるとしたら、岩井さんが一番皮と身の差があって、身側はほろほろ、皮はごく薄く存在があり、頭の中でイメージする穴子の天ぷらに近いように感じました。前平さんは硬さとは無縁のほわほわの身質。西村さんはみなさんがコメントしていたように、しっとりとして煮穴子を感じさせるような食感。ちなみに、揚げ時間は岩井さんが3分、前平さんが5分、西村さんが8分でした。
前平これほど揚げる時間にも差があるんですね。穴子ひとつとっても、どれだけ解釈の仕方が多様なのかとあらためてわかります。修業先や世代のちがいも含め、多様な要素がからみあって、それぞれの職人が生みだす天ぷらはどれも個性的でいいんですよね。

【技術1】 岩井義郎の「穴子の天ぷら」

太白胡麻油で軽く、繊細に。油の力とうまみを穴子と衣に伝える

太白胡麻油のパワーがあるから、毎日の仕事が安定してできると思っています。独立した当初こそコスト面もありコーン油で割っていましたが、太白胡麻油のよさはこれ一本で使ったときに最大限に発揮されると経験から実感しているからです。温度が下がったところからの上昇の馬力が強いし、扱いやすいです。

穴子は皮の面積が大きく縮みやすいので、低めの温度から入れて、ある程度表面を固めたあとに温度を上げて揚げます。この温度の上がり方が太白胡麻油は抜群です。それほど長い時間揚げなくても、きちんと揚がります。

いい油を使っていてこんなことをいうのも変かもしれませんが、油のなかに素材を入れている時間は極力短いほうがいいと考えています。油は必要、でも油は感じさせたくない。油からもらうのは、揚げるパワーとうまみです。

産地/韓国・統営(トンヨン)
大きさ/約75g
下処理/市場で締めてもらい、その後あまり時間をあけず午前中に背から裂き(背ビレは取る)、夜の営業まで冷蔵庫で保管。裂きたての状態をなるべく維持できるよう、冷やしすぎに注意する。仕込みやスペースの関係でこのような段取りとなるが、裂いてすぐに揚げるのが理想と考える
/薄力粉(スーパーバイオレット)、水、卵ともに冷蔵庫で冷やす。卵水は全卵1個に水約1l
揚げ油/太白胡麻油

【技術2】前平智一の「穴子天ごはん」

くさみとストレスを取り去った穴子をふんわりと、柔らかに揚げる

締めのかわり天丼は年間を通して提供しますが、冬季は穴子天ごはん。ゴボウとショウガの風味が穴子と相性がよく、食感もアクセントになり、穴子の重さを感じさせない一品です。まずゴボウとショウガのせん切りを半々にして薄い衣をつけ、余分な衣を十分に切りながら油に入れ、185℃くらいでカリカリに揚げます。これをアサツキの小口切りとともにごはんに混ぜ、揚げた穴子は半分に切って頭側だけを丼つゆに浸し、これを3つに切り分けて2切れずつ盛りつけます。

穴子はにおいが一番少ないので対馬産。業者さんにはきれいな水で生かし、生け簀に長時間おかず早く納品してもらうようにお願いしています。遠路輸送されてくるので、店では海水濃度の水のなかで暗所で最低1日生かし、穴子のストレスを緩和します。食べ比べたわけではありませんが、確実にちがいはありますね。

産地/対馬
大きさ/約100g
下処理/仕入れ後、1日ほど海水濃度の水で保管。営業2時間前(極力揚げる直前が理想)に背から裂き、洗わずに全体を軽くふき、脱水シートで包んで水分とともにくさみを抜く
/薄力粉(バイオレット)、水、卵ともに冷蔵庫で冷やす。卵水は全卵2個(黄身の色が淡いものを使用)に水1.8l
揚げ油/太白胡麻油3に対し、太香胡麻油 淡1

【技術3】西村晋作の「穴子の天ぷら」

異端ならず、天ぷらのひとつの進化。揚げでなく、低温の油で煮炊きする感覚で火入れ

魚は低温で火を入れると、身が溶けるように柔らかくなり、味もうまくなります。高温の油に入れると、衣から噴きだす水蒸気のパワーが勝り、油の熱の圧力がかかりにくくなる気がするんです。だから、自分はグルテンを極力形成せずに通気性のよい衣をつくって薄くつけ、低温でも「熱圧」、つまり油の熱のパワーを中のネタに伝えるイメージで火を入れます。こうすると水分が逃げず、素材を保湿。かつ低温でも熱のパワーは伝わるので、穴子の皮には「焼き」がしっかりと入る。保水と焼きの二極の味わいが存在します。

熱圧を生かすためには、衣が重要。粉をあらかじめサラサラの超乾燥状態にしておく必要があります。衣がちがえば、低温で同じようには揚げられない。この衣があって、はじめて油のパワーが生きてくるんです。

産地/対馬
大きさ/約95g
下処理/仕入れ後に光を遮断した生簀(ナノバブルのエアーを使用し酸素濃度を高くする・微生物を利用した濾過装置)で半日休ませる。急所に包丁を入れて海水に2分入れて血抜き。営業直前に背から裂く
/薄力粉(スーパーバイオレット)はマイナス60℃で凍結させた後にふるい、さらに凍結させる。水、卵も冷蔵庫で冷やす。水800gに対して全卵100gの卵水に、粉をふるいながら少量ずつ加えて粉箸で混ぜる
揚げ油/太香胡麻油 淡と綿実油を半々

2022年10月30日、江戸前晋作にて、マルホン天ぷら研鑽会第3回。

参加者:神楽坂御座敷天婦羅天孝(新井均)、天ぷら浅沼(浅沼努武)、天ぷら車(車﨑智也)、てんぷら近藤(近藤雅彦)、天ぷら新宿つな八浦和店(浅沼宗伸)、天ぷらもっこす(山口浩)
※店名五十音順、敬称略

SPOT

てんぷら前平

所在地:東京都港区麻布十番2-8-16 ISIビル4F
電話:03-6435-1996

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天冨良いわ井

所在地:東京都中央区銀座7-4-5 銀座745ビル6F
電話:03-3571-5252

SPOT

江戸前晋作

所在地:東京都中央区日本橋人形町2-10-11 KYOE PLAZA6F
電話:03-5615-8728

マルホン天ぷら研鑽会にご参加ください

天ぷらの未来のために、互いの技術を交流したい、テクニックの裏づけを得たい、素材を究めたいといった天ぷら職人の想いをかなえ、天ぷら業界のネットワークを広げるべく、有志により発足したのが「マルホン天ぷら研鑽会」です。ご興味をお持ちの方はどうぞふるってご参加ください。次世代に日本が誇る食文化「天ぷら」を伝えるために、本誌「ごま油の四季」も全力で協力いたします。

(2022年冬の号掲載) 
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。