特集沖縄テロワール

2026.06.23

飯田商店の飯田将太さんが、沖縄ハム総合食品を訪問。沖縄の豚と鰹のダシ文化に捧げる想いを込めた一杯


豚と鰹沖縄のダシ文化

琉球料理のユネスコ無形文化遺産登録をめざすムーブメントのなかで、あらためて沖縄で昔から受け継がれてきた食文化が見直されています。沖縄ならではの島野菜や薬草、香辛料、独特の調理法などをみていくと、気づくのは「ダシ」の存在が大きいことです。京都にヒケをとらぬほどのダシ文化が食の根っこにあり、ダシのベースは「豚」と「鰹」という点が沖縄独特です。

沖縄のダシ文化に興味を抱いたのは、「飯田商店」の飯田将太さん。沖縄の豚食文化とともに歩んできた沖縄ハム総合食品(通称オキハム)と、ネオ沖縄そばの一店として知られる「パパイヤとスブイ」を訪れてダシを探求しました。伝統的な豚肉料理や沖縄そばの視点からダシ文化を学ぶと、沖縄の食の魅力を再発見することができました。

この地ならではのダシを知る

右/飯田将太
1977年、神奈川県真鶴町生まれ。2010年、らぁ麺 飯田商店を開業。著書に「本物とは何か」(プレジデント社)。
https://r.iidashouten.com/
左/長濱徳洋
1981年、沖縄県本部町生まれ。神戸で製菓・製パンを学び、2004年に沖縄ハム総合食品(株)に入社。2022年、父の跡を継いで代表取締役社長に就任。
https://okiham.co.jp/
飯田沖縄は豚と鰹のダシ文化。この事実を僕はつい最近まで知りませんでした。長濱社長にお話を聞くのを楽しみにしてきました。
長濱まず沖縄の基本のダシをご用意しました。「鰹ダシ」、ダシ骨でとった「薄い豚ダシ」「濃い豚ダシ」の3種類です。
飯田早速いただきます。まずは鰹ダシから。ガッツリ酸味があり、うまみのボディも強い。
長濱沖縄の水は硬度が高いので、ダシがでにくいんです。だから血合い入りの鰹節を使い、弱火で3〜4分煮だします。
飯田入りづらいところに、強い鰹節が無理矢理入りこんだみたいな、そんなダシの味。水のミネラル感も残っているような。
長濱京都をはじめ日本のダシは繊細でやさしい味ですが、沖縄は異なるうまみが何層にも重なりあったしっかりした味なんです。沖縄では「あじくーたー」といいます。
飯田薄い豚ダシも、淡くても、厚みがありますね。硬水だからかな、ちょっと鉄分も感じます。濃い豚ダシは白湯になっているけど、くさみがない。豚ダシの強さがあるからこそ、鰹ダシも強くていいんだ。本枯れ節なんかだと、全然勝てないはず。こういうダシのバランスもあるということが、勉強になります。それにしても、どのダシもうまい!
長濱先人の知恵ですね。たとえば中身汁(伝統的なモツの吸いもの)や沖縄そばのスープをつくるときは、豚ダシと鰹ダシの割合の加減で味を調えます。最近は鰹ダシが多い傾向ですが、鰹節は明治初期までは貴重な食材だったので宮廷料理でしか使えず、家庭では豚ダシでした。沖縄には昔から「以類補類」という中医の食べ方が伝わり、調子がわるい体の箇所と同じ部位を豚から食べて補う習慣があります。たとえば、足の調子がわるければ、豚足を食べなさいと。この視点からみると、骨からとる豚ダシは、体の骨格を丈夫にしてくれるんでしょうね。

血合い入りの鰹節を3〜4分煮だした鰹ダシ。豚ダシはダシ骨のみを弱火でコトコト約3時間かけて煮だし、濃さはダシ骨の量と時間で加減。強火で炊き込まないので、濃度はあるが澄んだダシ。

飯田豚ダシに対する想いがめちゃめちゃ強くなりました。この気持ちを僕なりに表現してみたいんですが、即興で沖縄そばをイメージしてつくってもいいですか?
長濱それを楽しみにしてました。
飯田実は昨晩、はじめて木灰(もっかい)水で製麺しました。沖縄そばは本来、木の灰でつくった木灰水でつくるのだと知り、どういうものか知りたくてたまらなくなり、石垣島の「ダイニング英(はなぶさ)」さんから木灰水を分けていただきました。沖縄産の小麦粉は、ベーカリーの知人から「島麦かなさん」というブランドの中力粉と強力粉を送ってもらいました。塩は沖縄のぬちまーす。
長濱木灰そばを使う店も増えていますが、まさか飯田さんがつくるとは。
飯田試行錯誤して5種類の麺をつくりましたが、沖縄産の中力粉と強力粉、ハルユタカの1等粉を同割でブレンドした麺でいきます。沖縄の小麦粉の風味がすごくいいけれど、灰分値が高くてちぎれやすい点を工夫した割合です。
長濱ダシはどうしますか? 県内でも地域的な特徴がありますが、鰹を先に感じて、あとからそこはかとなく豚を感じるスープが多いですね。とくに最近人気の沖縄そば店はあっさり鰹ダシが多いです。
飯田濃い豚ダシをメインにして、鰹ダシを1割。いや、0.5割かも。鰹はあんまりじゃまするなよと牽制しつつ、鰹ダシの酸も入ると豚ダシのボディが強くなるイメージです。豚を大事にしたいから。
長濱先ほど、薄い豚ダシに鉄分を感じると言ってましたよね。昔ながらの製法で鉄釜で炒った「屋我地島の塩」がありますが、使ってみますか?
飯田この塩うまい。はじめガツンとくるけど、あとがまろやか。使います!具は塩ソーキ(豚バラ軟骨の塩煮)、青ネギでシンプルに。ミミガーをラーメンのメンマのように入れようと思います。
長濱それは新しい発想!キクラゲのような食感なので、いいアクセントになると思います。
飯田どんぶりに塩4.5g、太白胡麻油4g、そして濃い豚ダシ220g、薄い豚ダシ130g、鰹ダシ30g。豚のダシをしっかり生かしたいので、他の調味料は入れず、太白胡麻油のうまみと麺から溶けだす味で完結。
長濱飯田さん、このスープ、とてもなつかしい味です。昔の沖縄そばはこういう豚ダシの味でした。それを思いだしました。ラーメンの濃厚とんこつとはちがう、でも濃い豚のダシ。これですよ、沖縄の「あじくーたー」は。
飯田僕うれしくて涙がでてきそうです。社長の話を聞いて、沖縄の食を支えてきた豚に対して最大限の敬意を込めたいと思ってつくったのを、そんな風に言ってもらえるなんて。即興で合わせただけなのに、このうまさ。これは豚と鰹の力に尽きます。

鰹ダシ、薄い豚ダシ、濃い豚ダシの3種類を味わい、沖縄の豚食文化を知り、「豚をリスペクトする気持ちが強くなった」という飯田さん。沖縄そばを知るために、木灰水での製麺にはじめて挑み、5種類の麺を持参した。

沖縄そばでもなくラーメンでもなく、豚と鰹への敬意をこの一杯に


沖縄の豚へのリスペクトが具に

塩ソーキ2切れの具で、1切れは上にシークヮーサーの油味噌をあしらう。あとはシンプルに青ネギと、細切りのミミガー(豚の耳)。コリコリ軽い食感のミミガーは、沖縄そば界で“ネクスト・メンマ”になるかもしれない。豚を余すことなく食べきる精神をこれらの具に投影。

濃い、でも澄んだ味わいの豚ダシベース

太白胡麻油4g、屋我地島の塩4.5g、濃い豚ダシ220g、薄い豚ダシ130g、鰹ダシ30gを合わせたスープ。圧倒的な豚ダシ感とともに、血合い入りの酸味が強い鰹ダシが縦軸ですっと存在するような味わい。豚ダシは炊き込まず弱火で煮だすので、いわゆる濃厚とんこつとは一線を画す濃さ。くさみがなくやさしい。

木灰水で製麺した生麺

小麦粉は沖縄産「島麦かなさん」の中力粉、強力粉、ハルユタカの1等粉を同割でブレンドし、ぬちまーす、石垣島でつくった木灰水で製麺。「木灰水でつくるとコシがでて、ちょっと驚くほど小麦粉の甘みが増す」(飯田さん)。沖縄では木灰そばが復活の兆しあり。


沖縄そばは本来はどんぶりでスープと調味料を合わせないが、どんぶりに太白胡麻油と塩を入れるラーメン式で。「入れなくても成立するけれど、入れると入れないではまったくちがう。そういう仕事をするのが太白胡麻油。豚と鰹のシンプルなダシだからこそ、力を発揮する」(飯田さん)

ダシの力は底知れない

長濱私にとっても沖縄のダシを再認識するいいきっかけになりました。実は私も飯田さんをお迎えするために、「ダシパン」をつくりました。鰹と昆布のダシでおこした天然酵母で、90%高加水のすべてにダシを使用し、油脂は太白胡麻油。山食は太香胡麻油をぬって香ばしさをだしました。
飯田これはおもしろいですね!“ダシくさい”わけじゃなく、でも水でつくるのとは味がちがうんだろうな。
長濱ダシでつくるとムチムチとしたコシがでて、栄養分が多いので発酵も早いです。何よりも琉球料理をフィリングにしたそうざいパンをつくるときに、ダシが小麦と琉球料理の味をつないでくれ、より一層おいしさを引き立てます。
飯田この豚肉のそうざい、全部琉球料理なんですか?
長濱伝統的な琉球料理です。ダシパンだと、ごはんのおかずみたいに食べられませんか。
飯田うまいですよ!このダシパンは、カツサンドや焼きそばパンにも合いますね。
長濱今日は飯田さんの食に対する姿勢といいますか、素材や生産者を知ることからはじめる考え方にとても共感を感じました。
飯田先人たちが何をしてきたか、いつも想像力を働かせながら想いをめぐらせています。そうすると、自分がぶ厚い人間になっていくからです。
長濱私もオキハムを継いできた父や祖父の想いをたぐり、沖縄の豚食文化に向きあっています。飯田さん、沖縄そばの木灰プロジェクトをやるしかないですね!
琉球料理とダシパン

木灰水でつくった麺を太香胡麻油で炒めて焼きそばをつくり、ラフテーとともにダシパンでサンド。飯田さん即興の焼きそばパンのできあがり!

長濱社長が用意したのは、ダシで生地をつくるダシパン。これがそうざいパンによく合う。ダシを軸に二人の話は尽きることがない。

オキハムと豚食のヒストリー

琉球王朝(1429年〜1879年)から続く沖縄の豚食文化。ところが第2次世界大戦後の食糧事情は非常に厳しく、豚の飼育頭数も激減しました。そんな沖縄を食糧難から救ったのは、1948年にハワイの沖縄県人会から寄贈された550頭の豚。この豚は各市町村に分けられ、数年で10万頭にまで増えました。 オキハムの前身である本部畜産は、昔ながらの家庭内養豚を規模の大きい多頭飼育にするために1961年に創業。そして、1977年に豚の売れにくい部位を加工食品として製造する沖縄ハムが誕生しました。豚に支えられてきた沖縄の食の歴史は、「豚は鳴き声以外すべて食べる」といわれる豚食文化とともに今も受け継がれています。

Special thanks:ダイニング英(石垣)

(2026年夏の号掲載)
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