シリーズ連載駿河前ガストロノミー研鑽会
2024.08.01
漁師、魚屋、料理人がリレーする駿河湾のガストロノミー研鑽会。「なかむら」が魅せる、地の魚を生かしきる珠玉の天ぷら
静岡・焼津の魚屋「サスエ前田魚店」を中心に、駿河湾にあがる魚を料理するローカルガストロノミーが全国から注目されています。県内の「成生」「Simples」「温石」「FUJI」「馳走 西健一」「なかむら」といった気鋭の店に毎回スポットをあて、漁師、魚屋、料理人が魚をバトンリレーしながら生みだす世界をシリーズ連載でお届けします。
▼「ごま油の四季」2021年秋号 ウェブ版の記事はこちら
こうして魚を食べることができる!焼津「サスエ前田魚店」に見る、漁師、魚屋、料理人がつなぐ海からのリレー
その6:なかむら
「なかむら」は2023年5月に焼津市内に開店した、カウンター7席の天ぷら店。サスエ前田魚店に毎朝仕入れに通う、静岡県内の料理人メンバーのなかではもっとも新顔の店です。開店からほぼ1年がたち、前田さんが仕立てた駿河湾の魚介でどのような天ぷらを揚げているのでしょうか。
深海魚は身が柔らかい。でも、この金目鯛は締めと冷やしでバチッと立つ。
前田 | 今日はこのキンメ(金目鯛)に尽きるでしょう。漁師さんが船上ですぐに神経締めして、氷水でガッチリ冷やして水揚げしてくれたものです。港にあがった後は、僕が冷やしの温度を調節して今の状態。片手でもっても、まったくしならず、バキバキに立つ。 |
中村 | こんなキンメは見たことないです。頭を切り落とした時に、他のメンバーとも驚いてたんです。頭肉の部分の弾力がすごかった。 |
前田 | 張りがちがうよな。すごい水分が多いだろうし、このクオリティならばウロコを取らずに天ぷらにできるはず。本来はキンメは深海魚だから身が柔らかくて、余分な水分がでやすいけれど、漁師と魚屋が連係プレーをした締めと冷やしで、同じ魚とは思えないレベルに上げることができた。天ぷら、和食、洋食とそれぞれのジャンルの火力に耐えられる魚の体を仕立てることが、魚屋の仕事だから。 |
中村 | ウロコを生かすので、身のほうにだけ打ち粉を軽くして衣をつけ、ウロコを下にして揚げ油に入れます。揚げ油は下のほうは温度が高いので、ウロコはすぐに立ちあがって揚がりが決まります。だからあとは身の火の入り方に集中して揚げました。 |
前田 | おお、やっぱりいい、保水が全然ちがうな。 |
中村 | コースとしてみたときに、ちょっとした食感の変化やミネラル感をだすために、キュウリのせん切りをのせています。 |
前田 | このキュウリがあるのは抜群にいい。揚げるだけでも十分うまい天ぷらを超えて、さらに料理らしさが増す。でも、キンメが今日のはこれだけ保水してるので、キュウリはもっと減らしたほうがバランスがよくなると思う。 |
油温のコントロールが重要
編集部 | 先ほどから気になっているのですが、揚げ油の量が少ないですよね。2cmくらいですか? |
中村 | いろいろな魚を揚げますし、日によって同じ魚種でもコンディションがちがうので、魚に合わせて油の温度をスピーディにコントロールしたいんです。アルミ鍋を使っているのもそのためですが、油の量が少ないほうが、温度の上下の反応が早いからです。 |
編集部 | 火をつけたり消したりは、あまりしていないですよね。 |
中村 | 火加減では油温のコントロールが追いつかないので、僕は常温の油を足して鍋の中の油温を下げたり、逆に油温をすぐに上げたいときには、サツマイモを時間をかけて揚げる鍋をもうひとつ火にかけているので、その熱くなっている油を適宜足すこともあります。 |
前田 | この油温のコントロールは、僕の氷を使う冷やしとやり方は同じ。 |
中村 | 前田さんが氷をだし入れして温度を調節しているのや、氷水をかき混ぜて全体の温度調節をしているのが参考になりました。 |
前田 | 駿河湾でとれる大小のサイズや、身質がちがう魚介を毎日揚げるので、油温のコントロールはとても大事です。今日も真イカの子どもや、もっと小さい赤ちゃんも定置網でとれました。こういうのを揚げることこそむずかしくて、油を操ることが肝ですから。 |
魚とごま油は相性がいい
前田 | 静岡県内の料理人のメンバーのなかで、天ぷら店は「成生」と「なかむら」の2店になりました。中村は成生で修業したわけですが、二人の天ぷらはまったくちがいます。まず僕がなるべくちがう魚を渡しているし、同じ魚種ならば仕立てを変えます。魚がちがえば、もちろん天ぷらもちがうものになるわけです。でも、いずれにも大事にしているのは、駿河湾の魚介でローカルガストロノミーの醍醐味をお客さまに提供することです。 |
中村 | 今日の真イカの子どもがいい例です。定置網漁でとれた魚介のすべてが駿河湾の恵み。それを前田さんの仕立てと、僕ら料理人の技術で開花させます。 |
前田 | 真イカの子どもなんて、しかも泳がせ(活かした状態)で水揚げしてすぐに使うなんて、都会ではありえません。これこそが地方の利。 |
編集部 | 前田さんの魚は、なんといえばいいんでしょう、いわゆる魚の味でなくて、うまみ。すごく濃いけれど、とことん繊細。ここを究めることができる前田さんや料理人のメンバーならば、ごま油の繊細な持ち味を理解してもらえるのではないかと連載をはじめたのが一年半前でした。ごま油は香りが強いから繊細な魚にはね…というレベルではない相性を探りたいと思ってのことでした。 |
前田 | ごま油はふと、あ、この魚にはからませるといいんじゃないかと思うことが増えました。強い、じゃなくて、使い方じゃないですか。店はコースのメリハリをつけて料理する必要があるので、魚を輝かせるテクニックのひとつとして、ごま油を生かすことを僕らも学びました。これこそ進化ですよね。 |
前田さんが仕立てた魚を、中村さんが天ぷらで仕上げる
金目鯛の天ぷら
前田さんの仕立て
上の画像は金目鯛、下の画像はウッカリカサゴ。どちらも深海魚なので身質は柔らかいが、漁師さんと前田さんの連係プレーで、こうもピンとそそり立つ。ちなみにウッカリカサゴは前日に水揚げされ、前田さんの氷や冷蔵庫を使った冷やしの技術で鮮度を保ったものだ。「魚種を変えなくても、仕立てを変えれば魚は変わる」と前田さん。とくにこの日の金目鯛は前田さんも会心のできばえ。
中村さんの料理
ウロコが立ちあがり、軽い歯ざわりに揚がったこの金目鯛は、しっとりと保水した身のテクスチャーと、ウロコの落差が絶妙。揚げ油の真価が表われる一品だ。甘醤油をひとハケぬり、粉山椒をふり、キュウリのせん切りをあしらう。キュウリのみずみずしさや、ウリ科の野菜特有の青くささが合わさると、天ぷらの枠を超えた料理として開花する。
真イカの子ども
前田さんの仕立て
中村さんの料理
港が近い地の利のよさを堪能できる天ぷら。身はとても柔らかく上品な味わいだが、アワビの肝ソースを思わせるほどに、ワタのコクが濃厚。「この身の食感とワタの風味は、泳がせのイカでなければ実現できない」(前田さん)。子どものイカならではの身の柔らかさを失わないようにするため、揚げ油のなかで火を入れすぎず、余熱で火通りをコントロールする。
花鯛
黒ムツ
シラス大葉包み
磯辺揚げ
中村友紀
1985年、静岡県吉田町生まれ。居酒屋で働きながらサスエ前田魚店で魚の扱いを学ぶ。「成生」の天ぷらに魅了され、一番弟子として8年修業。2023年5月に焼津に「なかむら」を独立開業。
前田尚毅
1974年、静岡・焼津生まれ。水産会社勤務を経て、1995年に家業の「サスエ前田魚店」に入る。町の魚屋でありながら、日本全国のみならず世界の著名な料理人にオーダーメイドで魚を卸す。
SPOT
サスエ前田魚店
所在地:静岡県焼津市西小川4-15-7
電話:054-626-0003
営業時間:火~金12:00~17:30、土11:00~17:30
休業日:日、月
https://sasue-maeda.com/
(2024年夏の号掲載)
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。