シリーズ連載駿河前ガストロノミー研鑽会

2024.05.09

漁師、魚屋、料理人がリレーする駿河湾のガストロノミー研鑽会。「馳走 西健一」によるフレンチ・イノベーティブな魚の表現


静岡・焼津の魚屋「サスエ前田魚店」を中心に、駿河湾にあがる魚を料理するローカルガストロノミーが全国から注目されています。県内の「成生」「Simples」「温石」「FUJI」「馳走 西健一」「なかむら」といった気鋭の店に毎回スポットをあてながら、漁師、魚屋、料理人が魚をバトンリレーしながら生みだす世界をシリーズ連載でお届けします。

▼「ごま油の四季」2021年秋号 ウェブ版の記事はこちら
こうして魚を食べることができる!焼津「サスエ前田魚店」に見る、漁師、魚屋、料理人がつなぐ海からのリレー

その5:馳走 西健一

シリーズ第5回は、2022年6月に開業したフレンチ・イノベーティブの「馳走 西健一」。広島で営んでいた店をたたみ、前田さんの魚を毎朝仕入れるために焼津に移住してきた異色派です。サスエ前田魚店からは自転車で1分の距離という最高の地の利を生かし、カウンター8席で料理8品、デザート2品の10皿のコースを提供しています。

漁師がとった魚を、魚屋と料理人の知恵を絞り「生かす」ことが真のサステナブル。

前田西はちょうど僕と漁師さんの連携がよくなって、魚の仕立てが急速に進化しはじめた時期に、広島から焼津に移ってきたんです。魚がどんどんよくなったので、西もそれに合わせて広島時代の料理の仕方を変えてきたはずです。
西それはもう全然違います。今でもそうですが、前田さんの仕立てが日々変わっていくので、遅れをとらないために毎日一所懸命ベストを尽くしています。
編集部広島ならば瀬戸内海があって魚には恵まれていると思いますが、それよりも焼津がよかった理由は何ですか?
藤岡一度仕入れのご挨拶のために焼津に来て、その時にシンプルズさん(2023年秋の号掲載)で、当日の午後にあがって夕市で仕入れた「もち旨鰹」を食べるチャンスがありました。広島でも前田さんの魚は仕入れていて満足していましたが、焼津から広島への配送の1日という時間がないと、こんなにも味わいは変わるのかと、そのもち旨鰹にすごい衝撃を受けたんです。タイムギャップがない魚を自分も料理したいと、前田さんがいる焼津に来る決心をしました。
前田今日つくってくれた「パイ包み」は、西のシグネチャーです。この一品をとっても、大きく変化したもんな。今日は太刀魚です。
藤岡このパイ包みは、その日の魚と玉ネギのソテー、大葉をひとつにまとめ、パイ生地で包んで焼きあげます。以前は玉ネギのソテーは生クリームも入れて濃厚でしたし、パイ生地も厚くて、ソースももっと重くしていました。いわゆるフレンチの一皿ですね。でも前田さんの魚でつくるようになってからは、前田さんに何度も試食をしてもらいながら、繊細な魚に寄り添うような仕立てに変わりました。
仕入れの最中にも、前田さんからは魚を使うタイミングや生かし方などのアドバイスが逐一入る。
幾度となく食べてきた西さんの料理だが、毎回違う発見がある。その発見は前田さんにとって、自分の魚の仕立てを省みるためでもある。

細い太刀魚も未利用魚にしない

前田この太刀魚に注目してほしいんですが、細身のサイズでしたよね。大きい太刀魚と比べたら、魚屋にとってはおろすのも面倒なので人気がなく、未利用魚になりがちです。でも海は自然ですから、立派なサイズの太刀魚と一緒に小さいものもあがってきます。これは小さいからウチはいらないよ、じゃなくて、僕は漁師さんとともに魚のバトンリレーをしているので、あがった魚はすべて買い取ることにしています。だから、この小さい太刀魚さえもおいしく料理するアイデアが必要なんです。
西前田さんにアドバイスをもらったのが今日つくったやり方で、太刀魚を結んで丸めてパイ包みの中に入れます。結び目や丸めた位置によって火の入り方が変わるので、加減の見極めはむずかしいですが、口触りや風味の出方に変化がでて、多様な味わいになります。
前田大きな太刀魚がある時は、ほどよい大きさに切って厚めに積み重ねてつくればいいけれど、そうじゃない表現方法もあることに気づくことが魚のためになります。
西そうですね。小さいサイズの太刀魚はより繊細なので、今日合わせたねり胡麻と昆布ダシのソースもよく合っていると思います。ソースありきのフレンチでありながら、食後感が軽やかですよね。それでいてごまのコクはリッチで、昆布のうまみがある。ねり胡麻の繊維質が水分を吸って濃度がつきやすいので、この点さえ工夫すればいいソースに進化させられるなと思いました。

鮮魚のパイ包み

前田さんの仕立て

この日、西さんが仕入れた太刀魚をみてもわかるように、大きなサイズから細く小さいものまである。この小さめサイズの太刀魚を生かしたのが今回のパイ包み。パイの中で蒸された時にくさみがでないよう、体表の銀は流水の下でていねいにふき取る。ちなみにメンバーの「FUJI」(2023年冬の号掲載)では太刀魚をかば焼きのタレで焼いて丼に仕立てるが、その場合は銀を残してタレの強い味のトーンに合わせているという。

太刀魚は定置網漁で、「泳がせ」で船から陸にあがる。太刀魚を泳がせで水揚げするのは世界的にみても稀も稀。「漁師さんたちの努力とやる気の賜物。感謝しかない」と前田さん。
大きいサイズの太刀魚を締めているところ。港からサスエ前田魚店までは車で5分ほどの距離だが、その間でも魚にはストレスになるため、港の一角で締めてから店に運ぶ。脱血し、頭側からワイヤーを入れて神経締めするが、ワイヤーの入れ具合も魚の状態や料理の内容によってすべて調整する。西さんが今回パイ包みに使った小さめの太刀魚は、締めた後はほんの30秒ほど氷で冷やし、あとは冷たい海水で冷やしを開かせる。

西さんの料理

西さんのスペシャリテは、鮮魚をパイ生地で包んで焼いた一品。その日、シーズンごとに魚は変わり、この日は泳がせ(活きたまま)で水揚げされた細身の太刀魚。ナイフを入れると、パイ生地の内側から太刀魚や大葉の香りがほわりと立ちあがり、身は蒸されてしっとりとみずみずしい。

炭火の薫香に太香胡麻油

前田鯖の炭火焼きは西にとって今まさにブラッシュアップをしている、次なるシグネチャーの一品です。アニサキスの食中毒を起こさないために、サバでこのような火入れをする場合は、かならず冷凍してから使わなければなりません。
西このサバは数日前に店で冷凍して解凍したものですが、前田さんが冷凍・解凍することを前提に仕立ててくれているので、おそらくお客様は冷凍したものだとは気づかないはずです。
前田冷凍の仕方ももちろん大事ですが、締める段階が肝心。冷凍するとどうしても筋肉がゆるんで、血合い臭や生ぐさみがでたりしやすくなるので、十分に脱血します。
西マスタードシードと醤油ベースのソースを合わせましたが、薫香に合うだろうと思って太香胡麻油を加えました。ごま油のフレーバーをだすためではなくて、ソースに奥深さがでてきます。こういう使い方をできるのは、ごまの焙煎がおだやかな太香胡麻油ならではだと思います。
前田こうやって気づきを得ることは進化に欠かせない。メンバーも以前から太白胡麻油は使っていましたが、焙煎系のごま油の使い方もだいぶうまくなってきましたよね。

鯖の炭火焼き

前田さんの仕立て

今朝、焼津・小川漁港にあがった泳がせの魚は少なめ。港で活締めしたヒラアジ、エボ鯛、太刀魚、サバ、黒ムツなどがそれぞれのコンディションに合わせて冷やした状態で店に運び込まれる。9時過ぎくらいからメンバーの料理人たちの朝の仕入れがはじまる。
今日の漁の状況を見越して昨日から氷で冷やしておいた魚。カサゴ、シラカワ(白甘鯛)ドンコなどのほか、南蛮海老、アワビ、ハマグリなどが料理人たちの手に渡った。

西さんの料理

炭火と太香胡麻油の薫香をまとったサバは、血合いや脂の劣化などがまったく感じられない澄んだ味わいでありながら、力強いフレーバーが印象に残る。香ばしさ、温度が上がってふくよかになったサバの脂、そしてみずみずしさ。マスタードシードと太香胡麻油のソースが合う、繊細かつ強いトーンの一皿。

馳走 西健一
西 健一

1980年、広島生まれ。広島、東京、フランスで修業し、広島「馳走啐啄一十」で平野寿将氏に師事する。2018年に広島に「馳走2924」を独立開業、2022年に焼津に移住し「馳走 西健一」を開店。
サスエ前田魚店
前田尚毅

1974年、静岡・焼津生まれ。水産会社勤務を経て、1995年に家業の「サスエ前田魚店」に入る。町の魚屋でありながら、日本全国のみならず世界の著名な料理人にオーダーメイドで魚を卸す。

SPOT

馳走 西健一

所在地:静岡県焼津市西小川4-8-9
電話:054-625-8818
営業時間:ランチ12:00~、ディナー18:00~
休業日:不定
Instagram@chisou_nishikenichi

SPOT

サスエ前田魚店

所在地:静岡県焼津市西小川4-15-7
電話:054-626-0003
営業時間:火〜金 12:00~17:30、土 11:00~17:30
休業日:日、月
https://sasue-maeda.com/

(2024年春の号掲載)
 ※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。