シリーズ連載駿河前ガストロノミー研鑽会

2023.11.07

漁師、魚屋、料理人がリレーする駿河湾のガストロノミー研鑽会。魚のポテンシャルを引き出す「Simples」井上シェフの4品


静岡・焼津では魚屋「サスエ前田魚店」を中心に、県内の「成生」「Simples」「温石」「FUJI」「馳走 西健一」「なかむら」といった気鋭の店が、駿河湾にあがる魚を料理するローカルガストロノミーとして全国から注目を集めています。漁師、魚屋、料理人が、魚を大事にバトンリレーしながら生みだす世界をシリーズ連載でお届けします。

▼「ごま油の四季」2022年冬号 ウェブ版の記事はこちら
こうして魚を食べることができる!焼津「サスエ前田魚店」に見る、漁師、魚屋、料理人がつなぐ海からのリレー

その3:Simples

第1回は天ぷら「成生」、第2回は茶懐石「温石」に続き、イタリア料理や無国籍料理をルーツとする、イノベーティブレストラン「シンプルズ」の井上靖彦シェフが登場します。井上さんは「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんが信頼を寄せる料理人。ごま油を生かしながら、前田さんが仕立てた魚のポテンシャルを引きだしました。

前田僕自身がごま油にけっこうハマってまして、魚との可能性は無限だなと。はじめは繊細な魚を生かせるのは太白胡麻油だと思い込んでいたけれど、実は焙煎ごま油の香りやうまみもすごくいいことがわかってきました。考えてみれば、「成生」の天ぷらの揚げ油も太白胡麻油と焙煎ごま油(業務用の太香胡麻油 極淡)を混ぜているし、魚には太白胡麻油と決めてかかるのはナンセンス。だから今回はあえて、イノベーティブで料理の自由がきく井上に託しました。
井上イタリア、フランス、中華、オリエンタル、和食…どんな料理でも展開できます。スマとアジの料理は太白胡麻油にそれぞれハーブや山椒の香りを移しました。小魚のフリットのソースと、ウッカリカサゴのローストには圧搾純正胡麻油 濃口を合わせました。一番香りの強いごま油です。
編集部圧搾純正胡麻油 濃口は香りが強いだけでなく、焙煎によるごまの香ばしさも感じるので、前田さんの魚に合わせるのは勇気がいりそうです。
井上リッチですよね。香りが甘くナッティだから、魚のこんがりとしたローストにまとわせると力強さがでます。むしろ焼きの油は香りが揮発して飛ぶので、仕上げにフライパンの温度を上げて、少したらして香りをだすくらいがいい。
前田こりゃうめえや、お見事。ごま油味じゃなくて、ごま油っぽくないんだけど、でも何か違う。組み合わせのアイデアがいいな。メンバーの中で引きだしを一番もっているといったのはそこで、食材を知っている。シンプルズが扱う魚種は一番多くて、年間200種くらい。だからどんな魚がどんな状態でも、料理できるんです。
井上こういう機会がないと太白胡麻油以外には手を出しませんでしたが、コースの中で他の料理との差別化にもなるし、焙煎のごま油はとても使えると思います。
魚の冷やしは徹底。発泡スチロール箱に氷を敷いた上に熱伝導のいいステンレス製の板を置いて平らな状態にし、水に触れないようビニール袋に入れた魚を置いて密封するのが井上さんの保冷方法。仕入れ後、車で30分かけて店まで運ぶ。

泳がせの魚で料理が進化

前田今回はあえて漁師さんが値段もつけないような小魚も入れました。世の中がサステナブルというずっと前から、僕らはどんな雑魚でも漁師、魚屋、料理人が手間をかければ、お金がとれる料理に化けさせることができると信じてやってきましたから。
井上うちは小魚はダシをとったり、フリットにしたりします。ジャンルの縛りがないので、小魚も扱いやすいのは強みです。魚は海次第、その日漁師さんがとってきてくれた魚を知恵を絞って料理するのが、海の近くでレストランを営む料理人の特権です。
前田今日は甘鯛の漁師の釣りにかかったヒメコダイやヒメジ。漁師さんにとってはいらない小魚が釣れてしまったわけだけど、お願いして泳がせ(船上の水槽で活かしたまま水揚げする)で港にあげてもらい、即座に氷水に入れて冷やします。
井上前田さんが冷やしをした小魚は、ちょっと前までは値もつかなかった小魚とは思えないほど、うまみがあって、身がしっとりと保水してます。
前田うちらの場合は活締めのさらに先に進んでて、昨年11月からは「泳がせ」が基本ですから。泳がせの魚になってから、基本的な火入れがまったく変わったよな。
井上海からそのまま来たような繊維感のある身質や香りなんですが、正直いうと、まだ生かしきって表現できていません。前田さんとともに日々経験を積み重ねて、泳がせの魚をパーフェクトに料理したいです。
料理の引きだしが多いから、魚の表現も自在。魚屋から料理人へ、信頼のバトンタッチ。
井上シェフは大分から夫人の出身地の静岡に移住し、一からレストランを開業。地元で魚の仕入れ先を探すうち、前田さんと知りあえたのが8年前のこと。今年5月には満を持して静岡市内の丸子に移転し、広々としたオープンキッチンのレストランをオープンした。

前田さんが仕立てた魚を、井上さんが仕上げる

スマの生ステーキ

前田さんの仕立て

井上さんの料理

シンプルズのシグネチャーの一品はもち旨鰹の生ステーキ。1万本に1尾ほどの確率でしかあがらないもち旨鰹はレア中のレアだが、この日にあがったスマもサプライズ級の稀少な魚。生のまま大きめのステーキカットに切りだし、醤油少量をまぶすだけで盛りつけ、塩をきかせてゆでた枝豆をのせ、緑のソースをかける。刺身の一皿ではあるが、ナイフとフォークで厚い身を切り分けて食べるスタイルは同店ならでは。

シンプルズに届いた、美しく発色したスマの節。

活き〆アジ

前田さんの仕立て

泳がせのアジをサスエ前田魚店で活締めして脱血し、冷やしたもの。前日に焼津・小川(こがわ)港にあがったものを、1日後に使うことを想定して冷やしをほどこしている。「県外の卸先にはこれと同じ冷やしで、1日後に届いた時にちょうどいい状態になるようにしています。こうして食べてみると、今日はちょっと冷やしが甘かった、もっとアジの食感を残せたはず」。前田さんは常に自分の魚の仕立ての確認を忘れない。

井上さんの料理

アジの料理は駿河前ガストロノミーのメンバーそれぞれの名刺がわりのようなものだが、今日のシンプルズは刺身のこの一皿に山椒のフレーバーオイルを合わせた。前田さんが冷やして仕立てた青魚独特の香りや、噛むほどにあふれるアジのうまみを、山椒のかすかな香りが膨らませてくれる。生のアジの味わいが浮き立つ。

小魚のフリット

前田さんの仕立て

ヒメコダイやヒメジといった小魚も、仕立てと料理で高級魚に負けないレベルに化ける。

井上さんの料理

小魚のフリットは、小魚のおろした身に塩をして冷凍庫にしばらく入れ、適度に脱水しながら下味をつける。イカスミと黒ねり胡麻、圧搾純正胡麻油 濃口のソースでビジュアルも含めインパクト大。太白胡麻油でスパイシーな辛みがある揚げ油をつくり、それでクセがある小魚を揚げると、前田さんが冷やしをほどこした保水性の高いふわふわの身と、表面の衣にコントラストが生まれ、印象深い皿になる。ソースの余韻もきわめて長い。

ウッカリカサゴのアロゼロースト オクラとトマトのソース

前田さんの仕立て

前日の朝に小川港にあがったウッカリカサゴ(分類上はカサゴではないが、学者でさえその違いに気づかなかったことからウッカリの呼び名がある)を港で活締めし、冷やしたもの。1日たってもこの鮮度のいい粘膜。

井上さんの料理

ウッカリカサゴは油との相性が抜群。身への火入れはやさしく、表面には圧搾純正胡麻油 濃口の香味をしっかりのせる。ハバネロの辛みがきいたオクラとトマトのソースの上にウッカリカサゴを盛りつけ、軽く塩をふる。ソースにはとろみがあるため辛みが口に残り、ごま油がさっぱりと切れる。

ソースはオクラとトマト、魚のダシを煮詰め、ハバネロペーストで辛みをつける。
Simples
井上靖彦

1977年、大分生まれ。「KIHACHI」を経て、24歳からベルギー、フランス、イタリアで6年修業。2014年に「シンプルズ」を独立開業、2023年5月に現店舗に移転。
サスエ前田魚店(うおてん)
前田尚毅

1974年、静岡・焼津生まれ。水産会社勤務を経て、1995年に家業の「サスエ前田魚店」に入る。町の魚屋でありながら、日本全国のみならず世界の著名な料理人にオーダーメイドで魚を卸す。

SPOT

Simples

所在地:静岡市駿河区丸子3262-1
電話:054-330-8289
営業時間:17:30~もしくは19:00~
休業日:火
https://www.simples.world/
完全予約制

SPOT

サスエ前田魚店

所在地:静岡県焼津市西小川4-15-7
電話:054-626-0003
営業時間:10:00~17:30
休業日:日、水
https://sasue-maeda.com/

(2023年秋の号掲載)
 ※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。