シリーズ連載駿河前ガストロノミー研鑽会
2023.06.20
静岡・駿河湾の魚をバトンリレーするガストロノミー研鑽会。「温石」の杉山さんが切り拓く鯵と鰆の可能性
静岡・焼津にある「サスエ前田魚店」を中心に、県内の「成生」「Simples」「温石」「FUJI」「馳走 西健一」といった気鋭の店が、駿河湾にあがる魚を料理するローカルガストロノミーが全国から熱い視線を集めています。漁師、魚屋、料理人が志をひとつにし、魚をバトンリレーしながら生みだす料理をシリーズ連載でお届けします。
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こうして魚を食べることができる!焼津「サスエ前田魚店」に見る、漁師、魚屋、料理人がつなぐ海からのリレー
その2:温石
先号の「成生」に続き、連載第2回は焼津市にある茶懐石「温石」。店主の杉山乃互さんが魚の扱いや料理について、「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんと語ります。温石はコースで先付け、お椀、お造り、揚げ物、焼き物、飯物、水菓子と抹茶という流れで提供。焼津の料理店に生まれ、サスエ前田魚店の魚を身近で食べて育った杉山さんは、修業後に焼津にもどり、前田さんが仕立てる魚を介して、あらためて焼津や駿河湾の魚のすばらしさに気づいたといいます。
杉山 | 前田さんが仕立てた魚はF1カーだと僕は思っています。たとえ最高の車でも、ドライバーがその車を操れないと力が発揮できない。だから僕も、そしてサスエ前田魚店に通うほかの料理人も、前田さんが最高の状態に仕立ててくれた魚を使いこなすために、毎日トレーニングのように改善を重ねています。 |
前田 | 自分の魚の仕立てはカスタムメイド。この魚だからこうするではなくて、この魚はどの店でいつ、どのように提供するかをすべて知ったうえで、そのためにはどういう魚の状態にするのが最善かを計算し、冷やしや締め方を変えるんです。 |
編集部 | サスエ前田魚店で毎日仕入れする料理人の店の営業後に、前田さんが出没し、魚の仕立てや料理の確認をしあう通称「夜な夜な会」は、前田さんのインスタグラムのストーリーズでも日々アップされています。双方の飽くなき追究がすごいです。 |
前田 | 魚が毎日同じではないし、個体差もあるし。だからいつどんな魚であろうと、お客様に最高の料理をおだしするためには、いかなるシチュエーションにも対応できる引きだしを日々増やしていくしかないですよね。今日も海がシケて、みんなの仕入れは昼の営業ギリギリまでかかって、思う魚も手に入らなかったかもしれないけれど、彼らはベストに仕上げますから。それこそが料理人ですよね。 |
杉山 | だからサスエ前田魚店での毎朝の仕入れは、ただの魚の仕入れ作業ではなく、志村さん(成生)、井上さん(シンプルズ)、藤岡さん(FUJI)、西さん(馳走 西健一)といったメンバーと前田さんがくり広げる魚研究ラボなんです。 |
太白胡麻油をアジに生かす
編集部 | 今日はさながら夜な夜な会のように、魚と料理のブラッシュアップにつなげたいと思っています。前田さんが仕立てた魚を杉山さんが料理するのはいつもと変わらずですが、そこにごま油を生かす価値はあるか、がお題です。 |
杉山 | 一品めは初夏にさしかかる頃に提供する「鯵の胡瓜巻き」。ちょっと小ぶりなアジですが脂がのってきて、この時季に駿河湾ではアジがおいしくなってきますとお伝えしながらおだしします。通常はアジを酢に浸しますが、酢と太白胡麻油を合わせた酢油でつくりました。長年つくっている料理ですが、昨年11月に前田さんのアジが活けで泳いだ状態で届くようになり、それで身質も激変したので、料理としてはまだ改善中です。 |
前田 | 活きているアジだと身が突っ張って、巻けないんですよね。だからこの料理には、元気はあるけど、筋力が少し弱くなってきたくらいの、ちょっと年をとってるというか、そんなアジを見立てるといいんです。仮に筋力パンパンのアジでもねかせれば落ち着きますが、それではくさみもでるし、この料理の醍醐味でもある血合の明るく鮮やかな色が茶色く変化してしまう。 |
杉山 | どうでしょうか? 前回つくったときにアジの身質が強くなった分、キュウリとの食べ終わりが合わないように感じたので、歯の当たりが同じになるように、桂むきを1mmほど厚くしました。 |
前田 | バランスよくなったな。太白胡麻油でアジをコーティングしてるから、うまみの相乗効果で口の中に残る余韻も長くなっている。 |
杉山 | そうですね。太白胡麻油は微量ですが、驚くほど料理の印象が変わりました。一品料理として提供するなら、このうまみは強みになりますね。次のサワラも太白胡麻油を使います。前田さんの活けのサワラは、もう言葉にし尽くせないほど…ちがうんです。 |
前田さんの仕立て
杉山さんの料理
鯵の胡瓜巻き
強烈な身質のサワラ
編集部 | サワラはどちらかとえば個性が弱い魚という印象がありますが、どのような点がちがいますか? |
杉山 | 鮮度感、つまりその魚がもつ風味です。身の細胞ひとつひとつを噛み砕いたときにでてくる香りというか、風味。繊細だけど、噛むたびにズンと直接脳にくる。前田さんのサワラはこれが一番の特徴だと思います。 |
前田 | 僕のサワラは強烈ですよ。保水はもちろん、筋肉の張りがしっかりあって、もちっと弾力があるんですよね。 |
杉山 | 前田さんの魚は一番いい状態に仕上がっているので、余計なことをするとよさが損なわれてしまいかねない。だから、調理でどういう補助をすれば魚のよさが生きてくるのかを常に考えています。いい魚は刺身が一番うまいし、それが食べ手にとっても一番わかりやすい。でもそこに温度のちがいで表現を加えることにより、魚が隠れもっていた味を引きだせればと。 |
前田 | 生の魚ばかりでも食べ疲れるというか、あえて油をかませて魚を表現する手段もおおいにあり。太白胡麻油だけじゃなくて、焙煎のごま油もチャレンジしてみたら、何か新しいものが生まれるかも。 |
杉山 | というアドバイスを今いただいたので、低温の太白胡麻油と太香胡麻油でサワラの表面に膜をつくり、身を保水したうえで、炭火でさっと炙ります。 |
前田 | ほら全然変わった! 太香胡麻油があったほうがいいよ。今までの味に、もうひとまわりパンチ、変化がついたみたいな。 |
杉山 | あぁサワラがより鮮烈になりますね。魚が力強いと、負けないです。 |
前田 | 今日もまた発見があった。こうやってどんどん進化していきたいね。 |
前田さんの仕立て
杉山さんの料理
鰆の油焼き
杉山乃互(だいご)
1984年、静岡・焼津生まれ。両親、祖父母ともに料理店を営む環境で育ち、東京・目白「和幸」(現在閉店)で8年修業後、家業を継ぐ。2019年に店舗をカウンター中心にリニューアル。
前田尚毅
1974年、静岡・焼津生まれ。水産会社勤務を経て、1988年に家業の「サスエ前田魚店」に入る。町の魚屋でありながら、日本全国のみならず世界の著名な料理人にオーダーメイドで魚を卸す。
SPOT
温石
所在地:静岡県焼津市本町6-14-12
電話:054-626-2587
営業時間:12:00~、18:30〜
休業日:不定
完全予約制
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(2023年夏の号掲載)
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。