シリーズ連載駿河前ガストロノミー研鑽会
2023.04.25
静岡・駿河前ガストロノミー研鑽会スタート!第一弾は「成生」の志村さんが手がける至高の天ぷら
「ごま油の四季」2022年冬号でルポを掲載した、静岡・焼津「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんがつなぐ漁師、魚屋、料理人の魚のバトンリレー。前田さんが料理人と密に連携しながら仕立てるオーダーメイドの魚を、静岡県内の気鋭の5店がそれぞれの料理に仕上げています。彼らが起爆剤となり、静岡・駿河前という求心力をもつローカルガストロノミーが生まれつつあるいま、5店が発信する料理をシリーズ連載でお届けします。
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こうして魚を食べることができる!焼津「サスエ前田魚店」に見る、漁師、魚屋、料理人がつなぐ海からのリレー
その1:成生
静岡・駿河前ガストロノミーを語る上で、筆頭に上がるのが天ぷら「成生」。静岡市にある同店には食通が足を運び、8席のカウンターが昼夜1回転ずつの予約は、先々まで満席。素材は駿河湾であがる魚介類や、地元静岡の野菜のみに限定し、大衆魚のアジを高級魚超えの天ぷらとして揚げるシグネチャーな一品など、成生のすごい噂は全国に広まりました。
2021年3月には、満を持して、同じく静岡市内の現在地に移転。店舗規模を拡大し、店の造作から厨房まで、主人の志村剛生さんが理想とする空間で天ぷらを揚げています。
志村さんが扱う魚介類は、すべて「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんが成生のために仕立てたもの。二人は23年来、志をともにしてきた仲で、絶対的な信頼関係を築いています。唯一無二といわれるその天ぷらの世界観。サスエ前田魚店の魚、それを揚げる成生の天ぷらを、今号の特集テーマでもある水と油という斬り口で語ってもらいました。
志村 | 前田さんの魚と、僕の天ぷら。この関係はこの土地でなければ成立しえないものです。 |
前田 | 焼津の漁師が海からあげてくれた魚を受けとり、ストレスなく活かし、迅速に冷やすのが魚屋の僕の仕事。天ぷらの加熱に耐えられ、うまみを逃がさない魚に仕立てます。 |
志村 | 鮮度もしかり、肝心なのは魚のコンディションですからね。 |
編集部 | サスエ前田魚店には、毎朝9時前には志村さんをはじめとする料理人さんたちが全員集合し、前田さんと情報交換しながら、その日の魚の仕入れをしていますね。 |
志村 | 情報は前田さんから1日24時間LINEで届きますが、最終的にその日に仕入れる魚が決まるのは、この時です。僕は基本的に当日分しか仕入れないので、魚を決めながら、頭のなかでその日の献立を組みます。 |
前田 | うちで10時過ぎまで仕入れして、車で静岡の成生まで40分。昼の営業は正午スタートだから、1時間ほどですべて仕込む。このライブ感がすごい! |
志村 | といっても、僕は前田さんから受けとった魚は、冷蔵庫に移すくらいで、営業がはじまってお客様の前でおろすまではほぼ触りません。締めるのも、冷やしも、うちの営業開始に合わせて一番いい状態で仕立ててくれているので、その状態を極力保ちます。触れば表面の水分が取れて乾くし、ぬめりやウロコ1枚さえも落としたくない。何よりも触れれば、僕らの体温で魚の温度が上がってしまいます。 |
前田 | 魚にとって人間の36℃の体温は、大火傷のようなもの。だから、冷やすことはものすごく重要です。 |
活けの魚でさらに進化
前田 | 実は10年かけて続けてきた努力が実を結び、昨年11月に、魚を泳いだまま活かして仕入れられるようになりました。太刀魚、アジ、小アジ、サバ、アオリイカ、カマス、エボ鯛など13種ほど。これでまた魚が劇的によくなったので、成生の天ぷらも大きく変わったと思います。昨年と今年では、全然ちがう。 |
志村 | 今日の太刀魚を揚げてみましょう。水揚げ後も泳いでたものです。 |
編集部 | ぜひ志村さんの揚げ方を説明してもらいながらお願いします。 |
志村 | 油に入れた瞬間、一気に衣の水分が抜けます。この時点で火は止めますが、まだ余熱で少し温度が上がります。衣には脱水とともに気泡ができ、そこから油が魚の水分を引っ張りだそうとしますが、前田さんが仕立てた魚は身がしっかり保水しているので、ほとんど水分が抜けません。だから、身に残っている水分は熱が加わり膨張して、魚が膨らんできます。身の膨張と火が中に入っていくのと、身の水分で蒸らされるのが、ほぼ同時に進行します。さあ前田さん、どうぞ。 |
前田 | 今日の太刀魚はいつもより小さめなのでむずかしい。大きいと、身の厚みの強みというか、ふわっとして、脂の質もいいし、身の繊維から水分がジュワッと飛びでてきて… |
志村 | というような感想を聞きながら、微調整をかけつつ、もうひと切れ揚げます。今度は先ほどよりもう少し短時間で決めます。油温を調整して、早い段階で一気にバンと身を膨らませて、衣の食感をシャクッと軽く。衣の脱水が終わったあと、早い段階で再度火をつけて温度を上げ、さらに油を回しながら鍋肌の高温を油に伝え、グンと温度を上げて仕上げます。 |
前田 | さっきとまるで揚げ方を変えてくる。今度はさっきよりも水分がありますね。香ばしさも増した。 |
志村 | 海の状況は毎日ちがうし、魚は個体差が大きいので、毎日が新しい素材との出会いのようなもの。いかなる時でもお客様にその日のベストの天ぷらをおだしできるように、データを蓄積しつづけています。この魚にはこの揚げ方、というレベルの話ではないんですよね。 |
魚の天ぷらは保水
編集部 | 前田さんにとって、成生のための魚の仕立てとは、どういうものですか? |
前田 | 僕の仕立ては大きく分けて「保水」と「脱水」ですが、天ぷらの魚にするのは保水の仕立てです。そのために魚を活かす、締める、冷やすという工程があり、とくに冷やしは保水のためにします。 |
志村 | 先ほど「膨らむ」といいましたよね。ふつうの魚ならドリップがでて縮むけれど、前田さんの魚は保水しているので、膨らむ。魚のうまみを含む水分がでていかないので、味もいい。揚げる音がしたのは、はじめの衣の脱水のときだけですよね。それ以降は、音はほとんどしません。なぜなら身の水分はほぼでないからです。 |
前田 | まさしく、水と油の関係ですよね。水は魚がもっている水分で、これを海で泳いでいた状態から、温度などによるストレスを与えずに、冷やした状態にとどめて身を保水。その魚の水分を油で揚げて、どう脱水し、そして保水するか。僕の冷やしと、成生の揚げは、どちらも温度で魚の水分をコントロールしているわけです。 |
編集部 | 衣に包まれた魚自体は、もちろん魚によって身質はいろいろですが、蒸し魚や焼き魚を感じさせるというか、天ぷらの固定概念を超えた保湿感。そしてまわりの油脂感や香ばしさとのバランスで、しっとりした魚を心地よく食べられます。 |
志村 | それはすべて、前田さんが仕立てた魚があるからです。 |
前田 | 全国に天ぷら店がたくさんあっても、このコンディションの魚でだせる店はないはず。でも今後、成生やうちがモデルケースになって、全国に土地に根ざした魚屋やレストランができてくれば、そしてそれが地方の活性化につながればいいですよね。静岡でもここでしか味わうことができないローカルガストロノミーが急成長中です。 |
前田さんが仕立てた魚を、志村さんが天ぷらで仕上げる
太刀魚
前田さんの仕立て
志村さんの仕上げ
活けの太刀魚はギリギリまで冷やしたままでおき、お客の前でおろしてすぐに揚げる。魚体の大きさなどによって揚げ方は常に調整するが、この日は小さめだったため、比較的高い温度で入れて一気に衣を脱水し、その後の蒸らしの段階でも油温を高めに保ちながら、水分を身に残し、表面は香ばしめに仕上げた。通常はお客の小鉢に天つゆと大根おろしを用意し、そこにそのまま供する。
白甘鯛
前田さんの仕立て
甘鯛のなかでも別名「白いダイヤ」「白皮(しらかわ)」と呼ばれる最高級魚で、身の水分量が多い。泳いだ状態で活け締めして脱血し、内臓を取りだし、前田さんが「冷やし」に使うステンレス製の大きな寸胴容器にそれほど低い温度ではない氷水とともに入れ、フタをして冷気をこもらせてゆっくりと冷やす。内臓を抜いているので、その分冷やしのスピードは早い。冷やしが完了した時点で、背ビレが生きているかのようにピンと立つ。
志村さんの仕上げ
移転後の成生のシグネチャー的な一品。華やかにカリカリに立ちあがったウロコと、繊維を感じつつ水分をしっとり保湿した身の対比が見事。
アジ
前田さんの仕立て
成生で使うアジは、回遊魚のグループの先頭を泳ぐもののみ。活け締めし、脱血せず、すぐに痛く感じるほど低温の氷水に入れて脊髄まで冷やす。これで血液中の酸素を閉じこめ、血液はペースト状に。次は冷やしすぎによって細胞が壊れて揚げたときにドリップがでないよう、0℃近くの氷水でさらにゆっくり冷やす。「グッと冷やしこんだものを、今度は開かせるようなイメージ」(前田さん)。この冷やしで血合の味わいが開花する。
志村さんの仕上げ
切り身で血合を味わう代表作。170℃より高めで入れ、まめに火をつけながら揚げる。この日は醤油で。「安い魚が化ける、駿河前の醍醐味」(前田さん)
小アジ
前田さんの仕立て
小アジももちろん活けの泳いだ状態。競りの直後に港で締めてから、店に運ぶ。活け締め、脱血、神経締めの順にし、アジよりも個体が小さい分、やさしい温度で冷やす。締めるタイミングや方法、冷やしの温度などは魚により使い分ける。
志村さんの仕上げ
開いて醤油をひと刷毛ぬり、表面に香ばしさを加えて揚げる。鍋のなかで回して油温を上昇させ、焦がすように激しく脱水させて干物のような印象に。
アオリイカ
前田さんの仕立て
2.64㎏の特大サイズが入荷。成生では保水量が多いオスのみを扱う。活けを水からだすと警戒して茶色になるが、神経をはずすとみるみる間に透明に。イカは締めて少し時間をおいたほうが甘みが増すので、すぐにおろす。
志村さんの仕上げ
高めの170℃で油に入れ、すぐに火をとめ、水分が油に引っ張られないように揚げる。硬めの羊羹のようなしっとりした食感と、噛むたびに増す甘み。
仕入れた魚はすぐに発泡スチロールに海水と海水でつくった氷とともに詰められ、フタをして冷気とともに密封。この状態で車に積み、40分かけて店に運ぶ。冷やしの温度や氷の種類、入れ方などは、魚種やその日の状態によって多様。「いま今日の揚げる順番を考え中、だいぶ決まってきてます。毎日がこれのくり返し」と志村さん。
志村剛生
1975年、神奈川・川崎生まれ。東京農業大学卒業後、オーストラリアの日本料理店で働く。帰国して焼津の割烹で天ぷらを任され、サスエ前田魚店に仕入れに通うようになる。2007年、静岡に「成生」を独立開業、2021年に現在地に移転。
前田尚毅
1974年、静岡・焼津生まれ。焼津水産高校卒業後、水産会社勤務を経て、1988年に家業の「サスエ前田魚店」に入る。現在5代目店主。町の魚屋でありながら、日本全国のみならず世界の著名な料理人にオーダーメイドで魚を卸す。
SPOT
成生
所在地:静岡県静岡市葵区丸山町12-2
電話:054-295-7791
営業時間:12:00〜、18:00~
休業日:土、ほか不定休あり
カウンター8 席、完全予約制
(2023年春の号掲載)
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。