特集フードテックとおいしい、やさしい未来
2022.10.27
【マルホンフードテック2】フードスプレーで、ごま油をミスト状に!二人のごま油の使い手に習う、新しい料理の可能性
ごま油の可能性がフードスプレーで広がる!?
ボトルの形状や性能の進化により、ごま油の使われ方も時代とともに変わってきた。炒め油のイメージから、食卓に置いて、料理のジャンルを問わずいつでも少しずつ使うシーンが増え、より日常の食生活に欠かせないテーブルオイルへと進化した。
さらなるごま油の可能性を広げる容器として登場したのが「フードスプレー」。ヘアスプレーなどでおなじみの、あのスプレーだ。
これはスプレー容器のメーカー、(株)三谷バルブのプロトタイプで、食品用スプレーとして開発が進行中。BOV(Bag On Val-ve)というシリーズで、エアゾール缶の内側が二重構造なので、中身が劣化しにくく食品用スプレーとして最適。さらに窒素ガスを使用して噴霧するため、従来のLPガスを噴出するスプレーと比較し、80%以上のCO2削減が可能なサステナブル仕様だ。
このフードスプレーで噴霧すれば、ごま油の料理の可能性はもっと広がるのではないか。そんな想いでプロにたずねると、多くの料理人がこれまでに市販のスプレー容器にごま油を入れて使った経験があることが判明。ただし、従来のスプレーでは粘性がある油脂はすぐに目詰まりしてしまい、実用的ではなかったということがわかった。
確かなのは、需要はあるということ。フロリレージュの川手シェフ、銀座 やまの辺 江戸中華の山野辺シェフにごま油のフードスプレーをテストしてもらい、使い勝手と将来性を検証した。
ここがテクノロジー!
(株)三谷バルブ https://www.mitanivalve.com/
時代とともにごま油使いが変化
❶450gや300g容量のボトルを中心に、注ぐ用途が多かった。時代とともに小容量化も。
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❷2014年、「卓上用ごま油(太香)」発売。業界初となった密封式二重構造ボトルを採用し、ちょいがけのフレーズとともにごま油使いの用途が広がった。
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❸2019年に業界初の滴下ボトルを採用した「かけ旨ごま油」シリーズが発売となり、いつもの料理にあとがけする用途を創出。日常のレシピでごま油を使うシーンが多くなる。
炭火の香りをじゃましないスプレーならではの微量使い
川手寛康[フロリレージュ]
高性能のフードスプレーがあったら、すぐに使いたいです。炭火焼きのラストにひと吹きすると、素材に香りやうまみをまとわせることができるからです。炭の上に落ちると、強いにおいがでてしまって素材をそこなうので、必要なのはごく微量。ハケでぬってもたれてしまうので、スプレーするのが最適です。焙煎系のごま油もいいし、ブランデーのようなアルコールのフードスプレーもほしい。アルコールは周囲にただようアウトノーズな香り、ごま油は口に入れると立ちのぼるインノーズの香り。香りの立ち方もさまざまなので、生かし方を考えながらスプレーで活用したいです。
SPOT
フロリレージュ
所在地:東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN 外苑B1F
電話:03-6440-0878
営業時間:12:00〜13:30L.O.、18:30~20:00L.O.
休業日:水、他不定休あり
https://www.aoyama-florilege.jp/
ランチコース7500円、ディナーコース1万5000円
香り、プレゼンテーションで料理の魅力を増す
山野辺 仁[銀座 やまの辺 江戸中華]
フードスプレーでごま油をシュッと吹きかけたら、それだけでお客様の食欲のスイッチが入るのはまちがいありません。当店はオープンキッチンのカウンターのみの店舗なので、鍋をあおっているときにスプレーを使っても、お客様に料理を提供する際に目の前でひと吹きしても、それは絶大なるサプライズ効果があると思います。中国料理は油をたくさん使います。たとえ目にはみえなくても、下準備から仕上げまでたくさん使うのです。だから、油の使い方次第では、料理が重くなるというリスクもあります。スプレーのごま油があれば、より軽い食後感の、現代的な中国料理がつくれるはずです。
SPOT
銀座 やまの辺 江戸中華
所在地:東京都中央区銀座6-7-6 ラペビル9F
電話:03-3569-2520
営業時間:12:00~14:00、18:00~23:00(22:00 L.O.)
休業日:日、祝(不定休あり)
http://ginza-yamanobe.com/
シェフおまかせコース3万5000円のみ。9月には銀座8丁目にカジュアル中華の新店を開業
フードスプレーは食べ手、料理人の脳に効く!?
こんな可能性があります
・フードスプレーの匂いはより強く知覚される
・期待感やワクワクが増す
・「スプレーする」行動で心理状態がポジティブに
フードスプレーは塩分やカロリーなどをカットしつつ、調理を手軽にするツールとして注目に値するが、本稿ではそれ以外の価値について脳の観点から考えてみたい。
スプレーによって噴霧されると、内容物は小粒子化(ミスト化)する。この小粒子化した物体を我々人間はどのように感じる(知覚する)のだろうか。
人間は2つの経路で匂いを知覚する。前鼻腔性嗅覚(オルソネーザル)と後鼻腔性嗅覚(レトロネーザル)である。オルソ経路は鼻から吸い込んだ空気を通じて匂いを知覚する経路で、アロマの香りを楽しむときなどに使われる。レトロ経路は食べ物を咀嚼したり、飲み込んだりした際に口から鼻に抜ける空気を通じて匂いを知覚する経路で、おもに風味の知覚に影響するとされる。
「匂いを知覚する」という点では全く同じだが、これら2つの経路はさまざまなちがいがある。たとえばオルソ経路のほうが匂いをより知覚しやすく(※2)、匂いの識別能力も高いことが知られている(※3)。また、マウスを用いた実験では、レトロ経路とオルソ経路が異なる役割を担いながら、匂いの嗜好の学習に寄与することが示されている(※6)。
これらの知見は何を意味するのだろうか。一般的に、食物に添加される調味料は口の中で咀嚼し、レトロ経路によって知覚されることが多いと考えられる。一方、ミスト化した調味料は空気中を漂うことでオルソ経路によってより知覚されやすい状態になっていると考えられる。その結果、匂いをより強く知覚し、より記憶に残りやすくなるなどの効果が期待できる。また、匂いは視覚と並んで食物や飲料への期待感に影響する要素であることから(※4)、調味料を噴霧することで食に対する期待感やワクワク感の向上などを通じ、食体験がさらに向上する可能性もあるかもしれない。
スプレー化の価値はそれにとどまらない。「スプレーする」という行動・体験そのものが人間(料理人)の心理に大きく影響する可能性があるからだ。料理人のスプレー使用効果に関する研究はほとんど報告されていないが、スプレーのような流動性の高いツールを用いたアート制作は、より製作者の心理をポジティブにすることが示唆されている(※1)。ポジティブな感情は仕事のパフォーマンスとの関連が示されているため(※5)、製作者(料理人)がポジティブ状態になることでパフォーマンスが向上し、料理の質の向上、提供時間の短縮化などを通じて顧客体験の向上にも資する可能性がある。まだまだ知見は不足しているものの、料理人のパフォーマンス向上に資するツールとしても期待できる。
スプレーで調味料をミスト化することは、消費者と料理人の脳に働きかける手段としての可能性を秘めているのかもしれない。
山崎和行
(株)NTTデータ経営研究所
ニューロイノベーションユニット シニアマネージャー
脳科学や人工知能などの先端技術を用いた産学研究・コンサルティングサービスを手掛ける。
※1 J.Czamanski-Cohen et al. (2020). Examining Changes in HRV and Emotion Following Artmaking with Three Different Art Materials. Journal of visualized experiments.
※2 E. Goldberg et al. (2018). Factors affecting the ortho- and retronasal perception of flavors: A review. Criti-cal Reviews in Food Science and Nutrition.
※3 Pierce,J.,&Halpern,B.P.(1996). Orthonasal and retronasal odorant identification based upon vapor phase input from common substances. Chemical Senses.
※4 Piqueras-Fiszman,B.,&Spence, C.(2015). Sensory expectations based on product-extrinsic food cues: An interdisciplinary review of the empiri-cal evidence and theoretical accoun-ts. Food Quality and Preference.
※5 Kleine,A.K.,Rudolph,C.W.,& Zacher, H. (2019). Thriving at work: A meta‐analysis. Journal of Organiza-tional Behavior.
※6 Meredith L.Blankenship et al. (2019). Retronasal Odor Perception Requires Taste Cortex, but Orthona-sal Does Not. Current Biology.
マルホン胡麻油×NTTデータ経営研究所
2022年夏より、脳科学の視点からごま油の新たな価値発見をめざす研究に着手しました。 両社の協同で科学的エビデンスにもとづく、未来の、そして社会をより豊かにするための研究を進めています。研究データは「ごま油の四季」などを通じて発表いたします。
(2022年秋の号掲載)
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。