特集ネオ南九州
2025.06.24
火の国・熊本で堪能する薪火焼きの熟成肉。「アンティカ・ロカンダ・ミヤモト」 宮本シェフの太白胡麻油使い
熊本市にあるイタリア料理「アンティカ・ロカンダ・ミヤモト」のアイコンは薪火焼きのビステッカ。燃え盛る自然の炎が生む香ばしさや熟成牛の赤身の深く繊細なうまみは、食べた人の記憶にきざまれます。宮本健真シェフに、薪焼きを軸に愛する地元熊本の食材や、オイル使いなどの料理観を聞きました。

ある日のディナーで供された2種の牛肉。右は熊本県産の黒毛和牛の経産牛、左はサレール(フランスのサレール牛と短角牛の交雑牛)。滋賀の精肉店「サカエヤ」で手当て(熟成)した肉を仕入れ、さらに追熟させる。牛肉の個性に合わせて熟成や焼き方も変える。
火の国・熊本の肉焼き料理人
薪火で宮本健真シェフが焼いた牛肉の力強さといったらない。スモーキーな香りはいわば前座の調味料で、表面のカリカリの膜、ジュワリと溢れる肉汁、そのどの段階でも肉を食らう興奮をあおってくる。熟成した肉ならではのうまみと、ナッツのような独特の香りは口のなかにずっと残り、満足感に長い間満たされる。
「僕のなかではおいしいビステッカ(ステーキ)は、噛んだときに血が滴るようなやつ。そんな焼き方をしたいと思っています」
と宮本シェフ。薪火を使いはじめたきっかけは2016年の熊本地震だった。身をもって感じた「ガスや電気がないと料理はできない」という危機感や、被災した風景のなかで生命をつなごうとする動植物の力をみせつけられたことが料理人としての人生を一転させたという。
「野菜や牛たちが力強く生き抜こうとしているのを目の当たりにしたとき、感動とともに、自然の炎を使ってみようとインスパイアされたんです。料理人というよりは、人間としての本能に従ったといったほうがいいでしょうね」
薪火を使いこなすようになり、2021年に市街地から少し外れた新屋敷に移転。薪火の炉は自ら設計し、パスタをゆでるのと揚げる以外はすべての加熱調理を炉で行っている。阿蘇から流れる白川と大井手川にはさまれた立地は、「阿蘇に守られている」ような安心感を宮本シェフに与えるのだ。
「皿の上も飾らず、本当に必要なものだけ。熊本は阿蘇をはじめテロワールに恵まれているので、四季の農畜水産物が多様でふんだんにあります。このすばらしい食材を薪火で焼く、それだけで心に焼きつく料理をつくることができる。この土地で料理できる僕は幸せ者です」
宮本シェフの料理はシンプルで、おいしさがストレート。皿を構成するひとつひとつの要素にパンチやコクがあるので、食べ手の記憶に深くきざまれる。このような力強さを生むためには、油脂分の存在が必須という。
「イタリア料理は調味料の感覚でオイルを使う料理。僕はオリーブオイル4種、熊本産の地油(菜種)、太白胡麻油、椿油を使い分けています」
太白胡麻油にはふたつの使い方があり、ひとつは素材の赤や緑の色を美しく抽出したフレーバーオイル。実はもうひとつの生かし方が、宮本シェフ独自の発想で興味深いのだ。
「地油は熊本ならではの油脂使いですが、風味がしっかりしているので、これだけだと少し重くなりがち。だから同割目安の太白胡麻油で希釈します。風味は落ち着き、コクがしっかりあるブレンドオイルになるわけです」
このオイルは薪焼きのビステッカの定番サルサ「高菜の古漬けサルサ・ヴェルデ」でも使われる。熟成牛と地元熊本の高菜古漬けの組み合わせで描く、この地ならではの料理のストーリー。そのときに地油をオリーブオイルで割ることは考えられない。なぜならオリーブオイルの存在が前面にでてしまい、料理のイメージを熊本に寄せられなくなるためだ。
宮本シェフにとって太白胡麻油は代わりのきかない唯一無二のオイル。「味がない調味料」として生かしている。
黒毛和牛経産牛のビステッカ




切りだした牛肉に塩をたっぷりふり、熾火(おきび)にわたした網の上で焼く。熾火は静かだが、実際は500℃超の高温。塩はやがて溶けだす脂とともに肉の中を降下し、肉の下面までじわりとにじみでる。こうしてできるのが表面のカリッとした膜で、塩、脂、肉汁、薫香が全部混ざった極上のおいしい部分。宮本シェフの独特の焼き方だ。
高菜の古漬けサルサ・ヴェルデ

熟成牛のビステッカに添えるのは、定番の「高菜の古漬けサルサ・ヴェルデ」。阿蘇の3年発酵熟成の高菜古漬けを使い、発酵由来の酸味や香りを熟成牛の風味に合わせている。「熊本らしさを表現するこのサルサで、素材をつなぎ合わせるのが地油と太白胡麻油。オイルがなければ漬物ですが、油脂のコクでサルサになる」(宮本シェフ)。
RECIPE
高菜の古漬けサルサ・ヴェルデ
材料/適量
高菜の古漬け、小松菜、パセリ、ホウレン草などの緑の葉ものとパクチー少量、同割の地油と太白胡麻油(油脂は全量の20%程度)をフードプロセッサーでペースト状にする。
春菊のジェノヴェーゼ

ゆであげたパスタを春菊のペスト・ジェノヴェーゼで和え、山菜のフリットやフェンネルなどのハーブを添え、春菊のパウダーをふりかけた一皿。「食材の緑や赤色を美しく生かすオイルやペーストには、太白胡麻油を使うことが多い。オリーブオイルとはまったく別の立ち位置にある油脂ですが、どちらも僕の料理にはなくてはならない調味料」と宮本シェフ。

RECIPE
春菊のペスト・ジェノヴェーゼ
材料/適量
春菊、アーモンド、ニンニク、アンチョビ、太白胡麻油をパコジェットで撹拌してペースト状に。冷凍保管し、使用時にパコジェットにかける。
緑色のカプレーゼ

熊本産大豆の豆腐に、葉玉ネギのオイル、ほうれん草のオイル、薪火で炙ったグリンピースと地タコ、ホウレン草のパウダー。グリンピースは軽く下ゆでして薄皮つきのまま強い薪火の上で炙り、タコは網の上で下面だけを炙って香ばしさと生の食感のコントラストをだす。薫香がおだやかに器全体に行きわたり、繊細でスモーキーな一皿となる。
RECIPE
葉玉ネギのオイル
材料/適量
太白胡麻油ときざんだ葉玉ネギを140℃くらいを保ちながら弱火で加熱して香りを移し、漉す


薪は「香りの調味料」。店内に積まれたクヌギの薪は阿蘇の農家が伐採したもので、熟成肉に適度な香りをまとわせてくれる。焼きのイメージによっては、ミカンや黒文字の薪を投じて変化をだすこともある。

1975年、熊本生まれ。イタリアで8年修業し、帰国後に父親のレストラン「イタリー亭」に入る。2006年「リストランテ・ミヤモト」を開業し、2021年に移転して「antica locanda MIYAMOTO」を開店。阿蘇地域世界農業遺産認定や、阿蘇のあか牛・草原牛プロジェクトなどに尽力。
SPOT
antica locanda MIYAMOTO
所在地:熊本市中央区新屋敷1ー9ー15 濫觴ビル1F
電話:096-342-4469
営業時間:11:30~13:00(木、金、土、日)、18:00~22:00
定休日:月
https://al-miyamoto.com/
ランチコース5500円、9680円、ディナー9680円(熊本在住者限定)、1万5000円

(2025年夏の号掲載)
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。