特集香り中華
2025.01.23
注目のネオ町中華。無類のごま油好き「中国菜 漢」の藤井シェフが魅せる、五感に突きささる進化系町中華
キッチンから押し寄せる香りがご馳走、ネオ町中華
日本全国で増加中の「ネオ町中華」。町場の中華の気軽さと、個性あふれる料理にこだわる姿勢を併せもつ、今どきのスタイルです。都内でも注目株の「中国菜 漢」から、オープンキッチンごしに伝わるダイレクトな香りや音と楽しむネオ町中華のおいしさをお届けします。
空気まで中華だ、をコンセプトにする「漢」は、東京・八丁堀にあるカウンター6席、テーブル12席の店。広東料理で焼物(叉焼などロースト系の料理)を学んだ藤井寛さんが、オーナーシェフとして鍋をふる。
カウンターのすぐ向こう側にはキッチンが広がり、自慢の高火力ガスバーナーがゴウゴウと炎を上げる。鉄鍋とヘラが立てるせわしない金属音、時にむせそうなほどに押し寄せる怒濤の香り…すべてが五感に突きささる。キッチンと客席の距離が近いこのライブ感こそネオ町中華の醍醐味で、料理人が生みだすダイナミズムとお客のリアクションが好連鎖し、ハイテンションな一体感が生まれていく。
藤井さんがつくる料理は、得意の焼物はもちろん、流派にとらわれない中国料理の代表的なメニューも数多い。その一品の麻婆豆腐も、実は隠れた人気の品だ。
「僕は辛いものが苦手で…でも町場で中華をやる以上、はずせないメニューなので、自分が食べたいと思う麻婆豆腐の味を究めました。刺激的な辛さではなく、何種類ものうまみと香り、辛みを重ねます」と藤井さん。最近の傾向でもあるが、唐辛子や花椒の超シビ辛よりも、うまみ推しや肉推しといったニューバージョンの麻婆豆腐が目立つようになってきた。四川料理のルーツを尊重しながらも、流派にとらわれない自由な発想が生む麻婆豆腐は、ネオ町中華ならではといえるだろう。
「今とにかく料理をつくりたくてたまらなくて、自分でも謎なくらいの向上心。開店から5年間で積んだ経験を、もっと自分の料理に生かしていきます」
そういう藤井さんの想いも、オープンキッチンから香りや音とともにダイレクトに伝わってくる。これがネオ町中華の魅力なのだ。
うま辛傾向か!?麻婆豆腐はネクスト・フェーズへ
麻婆豆腐
鍋のなかで調味料のうまみを重ね、辣油と花椒は盛りつけ後にかけて香りと辛みの鮮度を保つ。うまみが強く、辛みはおだやかな独自の味わい。
RECIPE
麻婆豆腐
材料/1人分
木綿豆腐…200g 太白胡麻油…適量 豚ひき肉…25g A[甜麺醤…小さじ2 醤油…小さじ1 塩、砂糖…各少々] 葉ニンニク…8g 豆板醤…5g 麻婆豆腐用の合わせダレ※1…100ml スープ…30ml 老抽…小さじ2 砂糖…少々 水溶き片栗粉…適量 圧搾純正胡麻油…小さじ2 葱油…小さじ2 シーズニングソース※2…小さじ1 辣油※3…適量 花椒…ひとつまみ
※1 老抽(中国たまり醤油)、生抽(香港醤油)、一味唐辛子、豆豉、ニンニク、山椒、陳皮、桂皮、ショウガ、水、塩、砂糖を加熱したもの
※2 タイ料理の代表的な調味料で、たまり醤油のようなうまみが強い
※3 太白胡麻油2000g、長ネギ1本、ショウガ、ニンニク各20g、エシャロット1個を弱火で加熱して香味油をつくり、香味野菜を取りのぞく。一味唐辛子500g、乾燥唐辛子40g、八角4個、シナモン2片、四川花椒40g、草果4個、ローリエ10枚、陳皮10g、いり胡麻 白50g、紹興酒120gをよく混ぜる。ここに香味油を熱して少しずつ加えて混ぜ、粗熱がとれたら密閉して常温で3日おき、クッキングペーパーで漉す
- 鍋にお湯を沸かして塩ごく少量(分量外)を入れ、2cm角に切った豆腐を入れて5秒ほどゆで、お湯ごと小鍋に移して保温しておく。
- 鍋をならし、太白胡麻油、ひき肉を入れて炒め、Aで調味し、斜め切りにした葉ニンニク、豆板醤を加えて炒める。
- 麻婆豆腐用の合わせダレ、スープを加え、老抽、砂糖を加える。
- ①のお湯を切って③に入れ、しばらく煮る。
- 水溶き片栗粉を加え、圧搾純正胡麻油、葱油、シーズニングソースで味を調える。
- 盛りつけし、辣油をかけ、花椒をふりかける。
各種の大豆発酵調味料でうまみを重ね、藤井さんいわく「チゲのような」複雑なうまみが交差する味に決める。大豆発酵のうまみが味のベースなので、豆腐のうまみも生きてくる。圧搾純正胡麻油は最後に少量だが効果的に使い、香りが皿全体から醤油などの調味料とともに香るように仕上げる。
ガツン、ふわー 香らせ方は十人十色のごま油
無類のごま油好きという藤井さんは、「しっかり香らせたい」ので、焙煎香が強いごま油を、ここぞというタイミングで塩梅をみながら使う。子どもの頃、母親の料理からごま油が香り、ごま油を使うと何でもおいしくなることに気づいたのが中国料理の道をめざしたきっかけという。
「今ちょうど素材や技法をひとつずつ見つめなおしているタイミングで、太香胡麻油や太白胡麻油に出会いました。ごま油の使い分けという発想は僕にとって新しく、すごく興味をもっています」
香りは中国料理のカギ。香辛料や調味料、鍋で焦がした香り…ごま油の香りとこれらの相乗効果は無限大!
香港風焼きそば 鼓油炒麺
広東料理でごま油といえば、これ。ごま油がプンプン香る大衆料理の一品を、レストランらしくおだやかなごま油の香らせ方にするのが漢流。
RECIPE
香港風焼きそば 鼓油炒麺
材料/1人分
香港麺…50g シメジ…10g モヤシ…6g 太白胡麻油…適量 エシャロット…5g ショウガ…3g 焼きそば用の合わせダレ※…15ml ニラ…3g 黄ニラ…3g 圧搾純正胡麻油…適量(約3g) いり胡麻 白…適量
※ 水400g、生抽45g、ナンプラー42g、シーズニングソース12g、氷砂糖12g、香菜3g、ショウガ6g、オイスターソース20g、老抽40gを合わせて沸騰させて冷ます
- 香港麺を蒸籠で8分蒸しておき、油(分量外)を入れたお湯で軽くゆでてお湯を切り、あら熱をとる。
- 鍋にお湯を沸かして塩、砂糖ごく少量(分量外)を入れ、切り分けたシメジ、モヤシを順に入れて10秒ほどゆててお湯を切り、あら熱をとる。
- 鍋をよくよく熱して太白胡麻油を入れてならし、油を切り、さらにヘラでよくこそげて余分な油を十分に切る。①を入れ、ヘラで全体を手早くよくかき混ぜながら炒める。
- エシャロットとショウガのせん切りを加えて炒め、②のシメジとモヤシを加え、焼きそば用の合わせダレを加えて炒める。ニラと黄ニラを加えて炒め、最後に圧搾純正胡麻油を加える。
- 盛りつけ、いり胡麻 白をふる。
鍋ならし後に念入りに油を切った鍋で、極細で弾力があるシコシコの香港麺を、互いをこすり合わせるように炒める。これで麺の表面に傷がつき、そこから味が染み込む。仕上げのごま油はふわっと香らせるため、入れすぎは禁物。ヘラに注いで量をみながら慎重に加える。
香港風鶏肉の醤油煮 鼓油𨿸
鼓油𨿸(シーヤウカイ)といえば、広東料理の店では定番中の定番。醤油や香辛料をきかせた滷水(ルウスイ)という甘辛いベースで鶏を煮る料理だが、焼物に分類されるため、藤井さんがこだわりをもつ一品だ。「僕は最後の仕上げに化粧油として圧搾純正胡麻油を全体に薄くぬり、吊るして乾かします。これは修行時代の師匠からの教えです」。ごま油によって「醤油ダレの香りも3倍くらい増して、めちゃくちゃいい香りがしてくる」といい、このおいしさのファンも多い。
スッキリ、キレキレ 酢との合わせ使い「酢油」効果
中国料理では酢と油をよく組み合わせて使う。冷菜のタレには酢と油が欠かせず、炒め物などにも酢を加えることがある。
冷菜で「酢油」が欠かせない料理といえば、定番のクラゲの甘酢漬け。ごま油が甘酢の酸味をやわらげ、酢の酸味のキレが油っぽさを感じさせないという、酢油の効果が相互作用する組み合わせだ。
藤井さんがつくったのは、特級の大連クラゲに黒酢と純米酢、ごま油、さらに豆板醤と麻辣醤の辛みを加えて、スッキリと食べ飽きない味わいに仕立てた一品。酢油に辛みの要素を足すと、サッパリの先に味の奥行きが生まれる。
麻辣クラゲ 大連麻辣海蜇
大連産の肉厚な特級クラゲは噛めば噛むほどに楽しめる。クラゲのコリコリした食感を噛みしめつつ、酢と油のバランスがいい甘酢味も堪能。
RECIPE
麻辣クラゲ 大連麻辣海蜇
材料/つくりやすい量
クラゲ(大連産)…100g タレA[黒酢…200g 純米酢…120g 圧搾純正胡麻油…20g 豆板醤…40g 麻辣醤…10g] タレB[淡口醤油…500g 上白糖…250g 塩…125g 無添加鶏ガラスープの素…62g シーズニングソース…125g 圧搾純正胡麻油…62g]
- クラゲをもどす。お湯を60℃くらいに沸かし、クラゲを入れて箸で混ぜながら20秒ほどゆでる。すぐに冷水にとってあら熱をとる。ザルにあけて酢適量(分量外)をふって2分ほどもみ込んで柔らかくし、酢を洗い流す。ボウルに入れる。
- 蛇口にホースをつけ、①のボウルのなかのクラゲの下にホースを入れて水が対流するようにし、約2時間水を流す。
- タレA、Bの材料をそれぞれ混ぜる。
- ③のタレA10g、タレB12gを合わせ、クラゲを和えて5~10分おいてなじませる。この間に水分がでてくるので、味をみて、タレB、豆板醤、麻辣醤(各分量外)で調える。このときに太白胡麻油を入れると味がまろやかになる。
酢油
酢と油のサッパリ効果のメカニズム
料理を口に入れたときに「油っこい」と感じる場合があります。逆に、「油っぽそうだけど、実はサッパリ」と感じる場合もあります。これらは口の中でどのような現象が起きているのでしょうか。 実は、唾液には油を乳化させる力があります(個人差あり)。口に入る油と唾液のバランスがよければ油っぽくは感じにくく、油が多すぎると乳化が不十分になり油っこさを感じます※。ごま油は料理人からよく「乳化しやすい油脂」だといわれます。太白胡麻油や太香胡麻油などを使った料理は、食べても油の重さを感じなかったり、唇がベタつきにくいのは、ごま油は口の中での乳化状態が他の油脂よりもよいからなのかもしれません。 さて、中国料理では酢と油をよく使います。酢が油っぽさをやわらげることは、経験則としてだれもが知っていることですが、それは酢に乳化させやすい性質があることが一因と考えられます。唾液と油が乳化する際に、酢があるとさらに乳化しやすくなる可能性があるからです。
酢に油が分散した状態のイメージ。この状態は油っこさを感じにくいといわれている。
「油と酢の相互作用としては乳化があります。これには油の中に酢が分散している状態と、酢の中に油が分散している状態の2つのタイプがあります。後者によって、(正確には酢と唾液の混合物のなかに)油が分散することにより油っこさが低減され、サッパリと感じられると考えられます」(㈱Mizkan味確認室/髙取順さん)
乳化は同時に、まろやかな味わいやコクを生みだします。サッパリしているのに、料理のコクはあるという、願ってもいない味わいを酢と油は生みだすのでしょう。
※ 協力/(株)Mizkan
※Food Hydrocolloids 137 (2023) 108378 Capacity of oral emulsification determines the threshold of greasiness sensation
1984年、東京生まれ。脱サラ後、青果市場で働き、東京ステーションホテル「カントニーズ 燕 ケン タカセ」、マンダリン オリエンタル 東京「センス」を経て、2019年に田町に「漢」を独立開業。2022年に現在地に移転。
SPOT
漢
所在地:東京都中央区新川2-18-4 八重洲マンション1F
電話:03-6435-4850
所在地:11:30~14:00(13:30L.O.)、18:00~22:00(21:30L.O.)
定休日:水、日
https://chinese-restaurant-kan.tokyo/
ランチの予約はコース5500円のみ(予約なしでアラカルトの注文可)、ディナーはアラカルトのほか、コース9500円。
(2024年冬の号掲載)
※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。