特集醸しだすUMAMI

2024.09.26

食材に自然の力を宿す、世界が注目する発酵料理。料理人 泉貴友さんの発酵×ごまの珠玉の5品


発酵食品が見直され、世界でも日本の発酵食文化が注目されています。京都の和食の料理人、泉貴友さんも発酵を料理に取り入れている一人。米ぬかや米麹、伝統的な発酵食品ふなずしなどを、自然体でさりげなく料理に仕立てています。

豊穣の恵み、永く。発酵とごまの力合わせ

世界のトップシェフの注目を浴びる、日本の発酵食の文化。収穫期に一度にとれる食物を無駄にせず長期保存したり、雪深い地では冬場の栄養源として山海の食物を保存したりなど、発酵は食物の恵みを永く維持するために受け継がれてきました。発酵文化が盛んな滋賀県長浜市で生まれ育った泉貴友さんも、祖母が琵琶湖のふなや鮎でなれずしをつくっていたことを憶えているといいます。
今回、里帰りを兼ねて立ち寄ったのは、無農薬で米を栽培する長浜の農家「そふぁら」。泉さんは主人の筧太津郎さんから、米や自家製のふなずしを分けてもらっています。
「日本の発酵食文化は、米なしでは語れません。ふなずしには米が欠かせないし、米麹も、米ぬかも、どぶろくも、もとは米。お米ってすごいとあらためて感じます」
山海の産物と米が醸しだす発酵の深い味わいと、ごま油のうまみを合わせた泉さんの料理は、滋味深く繊細で、すっと体に寄り添うやさしさに満ちています。

琵琶湖周辺全域でなれずしをつくる習慣があるが、とくに長浜はふなずしで有名。農家の筧さんから分けてもらったこのふなずしは、2013年に漬けたもの。昔は琵琶湖でふながたくさんとれたが、年々漁獲量が減り、今では福井の三方五湖の体長が大きいふなを仕入れて毎年漬けている。漬け方も味わいも、漬ける人次第でそれぞれ。

ふなずし、無花果の飯和え

発酵した飯(いい)の底知れぬ力

くさいのか、これ以上ないほどうまい香りなのか。それは食べ手の嗜好にもよるが、まちがいなくこの一品は究極の酒肴。ふなずしを漬けた飯(いい)をそのまま白ねり胡麻と合わせ、白和えのようにふなずしと無花果を和える。ふなずしを噛むたびに湧きあがってくるうまみの波状攻撃。その攻めをほんの少し和らげてくれるのが、白ねり胡麻の香味だ。

ふなずし、無花果の飯和え

  1. ふなずしの飯100g、純ねり胡麻 白100g、ハチミツ20g、ダシ少量を合わせ、塩水適量で味を調える。
  2. ふなずしを薄く切り、イチジクは食べやすく切る。
  3. ②を①の飯衣で和える。
  4. 盛りつけ、すり胡麻 白をふる。

焼き豆腐ときのこ味噌

四季を味噌に映す

秋にたくさんとれるきのこは、食べきれない分は味噌を造り保存。泉さんがもう何年も続けている、食材を無駄にしない習慣だ。このきのこ味噌を黒ねり胡麻と合わせて、焼き豆腐に添える。ダシに溶いて飲み干すと香り高く、ほんのりきのこの香りもただよう。

焼き豆腐ときのこ味噌

  1. ダシを塩で淡く調え、焼き豆腐を温める。
  2. きのこ味噌*と純ねり胡麻 黒ソフトパウチを同割で混ぜ合わせる。
  3. ①を盛りつけてダシを張り、②をのせ、ミョウガの小口切りをあしらう。
*きのこ味噌:きのこ6、7種類(香味がよくなるため香茸やヤマドリタケはかならず入れている)と米麹、塩、水で造る。半年ほどすると分離してくるので、上澄みは漉してきのこ醤油とする。残りの部分を最低1年発酵させると味噌ができる。

鮎と西瓜

発酵が素材を生き返らせる

食材を無駄にしたくない、その気持ちからスイカの白い果肉部分を米麹で1年発酵。その発酵液と鮎の魚醤を合わせ、太白胡麻油でつくった赤ジソオイルと乳化させてソースとした。発酵した果肉もきざんでソースの具に。甘いような、すっぱいような香りが香ばしい鮎に華を添える。

鮎と西瓜

  1. 鮎は炭火で焼く。頭を落とし、中骨を抜く。
  2. 頭と中骨を太白胡麻油で低温からじっくりと揚げる。
  3. 発酵スイカ*1の液体を鮎の魚醤で調味し、赤ジソオイル*2を加えて乳化させる。小さく切った発酵スイカを加えてソースとする。
  4. ①を食べやすく切り分け、②の頭とともに姿にもどして盛りつける。上にゆでたオカヒジキ、②の中骨をのせ、赤ジソをふる。③をかける。

*1 発酵スイカ:スイカの白い果肉部分を塩水と米麹に漬けて1年発酵させる。
*2 赤ジソオイル:太白胡麻油と赤ジソをミキサーで撹拌する。

発酵薬膳だしそば

料理と酒、どぶろくがつなぐ

発酵して力強い酸味がでた薬膳だしで、秋そばを。酸味とそばをつなぐのが、胡麻油 一番搾りと実山椒の香ばしいオイル。ほんのりとした酸味のどぶろくを合わせると、薬膳だしの酸味とほどよい塩梅で、発酵酸味のこの上ないペアリングの妙を楽しめる。

合わせたアルコールは、泉さんが心からリスペクトする岩手・遠野「とおの屋 要」の佐々木要太郎さんが造る「nondo」ブランドのどぶろく「権化 木桶」。米のテロワールが表われるぬかを捨てず、どぶろく醸造に生かす独自の発想。「発酵食品を使った料理には、どぶろくがまちがいなく合います。清酒との違いは酸味があること。ワインのようなキレになるので、食中酒として最適だと思っています」と泉さん。

発酵薬膳だしそば

  1. 発酵薬膳ダシは干しシイタケ、八角、丁字、実山椒、ショウガ、長ネギ、ニンニク、陳皮、ナツメ、クコの実、米麹、水を保存袋に入れて、25℃くらいの室温で5日おいて発酵させる。発酵すると酸味がでてくる。
  2. ①を温め、醤油で味を調える。
  3. ゆでたそばを盛りつけて②を張り、実山椒オイル*をたらす。
発酵薬膳ダシ
*実山椒オイル:胡麻油 一番搾り100mlに実山椒10gほどを12時間漬ける。

ビワマスのぬか漬け

ぬかと太香胡麻油の香ばし合わせ

米ぬかのうまみと香味は、格別。ほかに調味料はいらないほどの深い味わいだ。だからへたに手を加えず、ぬか漬けしたビワマスに太香胡麻油をたっぷりとかけるだけのこの一皿。ぬかと太香胡麻油の香り合わせが最高の相性で、調味はぬか漬けの塩分だけで十分足りる。泉さんの新店の献立にのる日が待ち遠しい。

ビワマスのぬか漬け

  1. ビワマスをおろして切り身にし、ぬか床に8時間漬ける。この程度漬けるとぬかのうまみや塩分が適度な塩梅でビワマスに移る。
  2. ぬか床からビワマスを取りだし、ぬかをつけたまま食べやすく切る。
  3. ②を盛りつけ、ショウガのすりおろしをあしらい、太香胡麻油をたっぷりめにかけて供する。
米ぬかは「発酵薬膳だしそば」でペアリングしたどぶろくと同じく、とおの屋 要から届いたもの。このぬか床は泉さん以外は触れることを許されない、なぜなら人それぞれがもつ常在菌で発酵が変化するから。発酵はその土地、人が生むものだ。
泉 貴友
1985年、滋賀・長浜生まれ。京都「天㐂」を経て、宮ざわグループの宮澤政人氏のもとで研鑽を積み、「じき 宮ざわ」「ごだん 宮ざわ」の料理長を任される。来春をめざして京都市北区に「MUBE」を独立開業準備中。

土の力、米の力が発酵の支え

発酵を支えるのは、米。田んぼをつくるのは、土。私たちが口にする発酵食品は、田んぼの土からずっとつながっています。泉さんが米を分けてもらっている農家の筧さんは、17年前から無農薬栽培を続けています。
「稲が勝つか、草が勝つかの農法なので、田んぼはほったらかし。森は草刈りしなくても、自然に枯れた草が肥やしになり、木が育ちますよね。田んぼもそれと同じが自然なんじゃないかなって。いらないことはしないから、農作業も楽」と筧さんは笑います。草刈りはせず、浮き草もそのまま。自然の摂理に逆らわなければ、土が強くなり、強い稲が育ちます。

「稲が生き生きしてるでしょ、これは雑草に負けてない証拠」と泉さんに話すそふぁらの筧さん。除草剤も化学肥料も使わずに育てた無農薬栽培のお米は、「食味がどうこうよりも、本当に心からおいしいと思える味」と泉さん。青田の頃に。

そふぁら https://sofara-tei.com/

発酵文化が根づく琵琶湖畔・長浜の町

日本には発酵食文化が盛んな地域、町がたくさんあります。琵琶湖の北岸に位置する、滋賀県長浜市もそのひとつ。冬の降雪量が多い地域ゆえ、琵琶湖でふんだんにとれたふなでつくるふなずしをはじめ、発酵食品をつくる習慣が根づいたそうです。標高の高い伊吹山と琵琶湖にはさまれ、姉川の水にも恵まれたこの地域では、発酵食品の礎となる稲作も昔から盛んです。

地元の郷土料理「うなぎのじゅんじゅん」のために、美しく盛り込まれた天然うなぎ。すき焼きのような甘じょっぱい下地で野菜とともに煮る鍋料理。熱い下地でうなぎがジュ、ジュと音をだすことからこの名前がついたそう。長浜の「割烹 能登」にて。

琵琶湖のニゴロブナを漬けたふなずしは、薄切りにして酒のつまみに。

尾の身と飯(いい)、生クリーム、ダシを加熱し、卵黄を加えて余熱でとろりとさせたペーストをカナッペにも。

(2024年秋の号掲載)
 ※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。