天ぷらを食べに

2022.04.26

やぐち(東京・人形町)谷口一樹


師匠の教えをアップデートして自分を究めたい

久方ぶりに「みかわ」出身の職人が都内で開業した。東京・人形町「やぐち」は、みかわで22年の年月を過ごした谷口一樹さんが2020年夏、満を持して独立した店だ。

「学校をでてすぐにみかわに入り、ずっとお世話になりましたから、生え抜き中の生え抜き。六本木店では8年間も揚げさせてもらいました。師匠(店主の早乙女哲哉氏)から学んだことは身体に染み込んでいますが、これからはそれを自分なりの天ぷらとしてアップデートしていきます」

と谷口さん。基本のセオリーは「みかわ系」を踏襲しながら、本人が「言葉ではどうにも言い表わせない」という、目に見えない部分は、自分の個性や解釈を大切にしていきたいという。

谷口さんの天ぷらは「衣がうまい、他とはちがう」とよくいわれる。コースで10品以上の天ぷらが供されても、素材によって衣のつき方や揚げた時の衣の立ち方がちがい、衣から感じる油のうまみや食感も幅広い。衣の個性が立っているので、内側の素材との差が明確。素材と衣と油のトリオが醸しだす天ぷらの醍醐味を満喫でき、まったく食べ飽きないのだ。

揚げ油は、太香胡麻油 淡(うす)2と綿実サラダ油8の割合。平均して190~200℃という高温帯で揚げ、「衣を焼き、内側の素材は十分に脱水する」天ぷらを頭に描く。

「素材を仕入れて準備し、衣を溶き、油で揚げて素材を脱水する。このすべてが一本につながっていて、お客様の揚げ台に置いた時が完成。そのベストな瞬間に召しあがっていただき、おいしいと思っていただけたら最高に幸せです」

10坪の小体な店舗は8席のカウンターのみで、アールをつけたラインがやさしい印象を与える。揚げ場はカウンターの中央に設け、隅から隅まで目が行き届くように配慮したり、排気ダクトをガス台下に引いたりといった、谷口さんの店づくりのこだわりが詰まっている。

コロナ禍での開業だったにもかかわらず、2022年版「ミシュラン東京」では初登場一つ星を獲得。これからますます自分の個性を磨き、進化していく谷口さんの行く手を楽しみにしたい。

スッとまっすぐな姿に揚げるのが、谷口さんの海老の天ぷら。そのために指で第2関節をはずしてのした後、その一部にだけ打ち粉を軽くふる。
この海老(25g強の巻き海老)は約200℃の高温で24秒揚げたもの。温度が高い分、衣がまさに熱々で、レアにとどめた海老の内側との温度の落差が絶妙。
海老の頭は背のほうまで一緒にむき、衣をしっかりとつけ、身よりも低い温度でゆっくり揚げる。最高級えびせんのような味わいで、ファン多し。ビールのあてにぴったり。
きすも海老と同様、まっすぐな姿に揚げる。魚自体が淡泊なので、揚げながら徹底的に脱水して味を凝縮し、衣の香ばしさとともに食べてもらう。もとの水分量が多いので、揚げる時間は穴子よりも長い。
白魚はばらで揚げ、一本ずつ最高の状態で油から引きあげる。「本来は春の魚だが、ここ数年は海水の温度の変化で1月に出回るほど。海の環境は職人としては常に気になるところ」(谷口さん)。
穴子は揚げたてを箸で割って供する。皮目側につけた衣はぬぐい取って油に投じ、ほぼ直に皮を油で焼き、皮のぬめりにある独特のくさみを香ばしさに変える。
海人の藻塩で。うまみがある塩は、谷口さんの衣に合う。
揚げ油は太香胡麻油 淡2と綿実サラダ油8の割合。
衣は前日から冷蔵庫で冷やした水と卵を溶き、薄力粉(日清製粉バイオレット)を少量ふり入れては、粉箸でゆっくりと溶く。ゆっくりと時間をかけるのが独特。
「みかわ是山居」の店主、早乙女哲哉氏から授かった免許皆伝の書。

SPOT

やぐち

所在地:東京都中央区日本橋人形町2-9-7 大江戸アクセス2 1F
電話:03-3527-3701
営業時間:11:30~13:00、18:00~22:00頃 (最終入店19:30)
休業日:木
東京メトロ日比谷線、都営浅草線人形町駅◎徒歩2分
夜は天ぷら11品ほどのおまかせコース1万8700円のみ。ランチは土日祝日は夜と同じコースのみで、平日はコースの予約がなければ20食限定で天丼(2000円)を提供。

(2022年春の号掲載)
 ※掲載情報は取材時点のものとなり、現在と異なる場合がございます。